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2019.02.09

ロシアに残った若宮丸漂流民〜善六ものがたり<51> 第6部イルクーツク(6完)

ディアナ号

<墓参り>

 善六は3日間徹夜して翻訳した文書を持って、トレスキンの家を訪れた。トレスキンはふんふんとうなずきながら、善六が訳した文を眺めていた。

 「ペーチャ(善六のこと)、よく訳してくれた。さすがだな、約束通り3日で訳したな。ではこの書簡を持って、オホーツクに向かってくれ。急いでいる。明日には出発してくれ。長い旅になる。マーシャとユーラにはしばらく会えなくなるだろう。今日は家族だんらんでゆっくりと家で過ごすがいい」

 トレスキンと別れた後、彼が用意してくれた馬車に乗った善六が向かったのは、自宅ではなくバイカル湖近くにある吉郎次が眠る墓地だった。普段ほとんど人が訪れることのない異教徒たちの墓地だが、吉郎次の墓の近くで草を取っている男の姿が目に入った。

 善六は思わず、「巳之助」と声を掛けた。「おお、善六でねえが、なんじょしたんだ、今ごろ?」といぶかしげな表情で見つめる巳之助に、善六は「今年はとっつあんの命日には行げねようだがら、お参りさ来たんだ」と明日オホーツクに向かい、その後、久蔵と一緒に松前に向かうことを説明した。

 「そうが、日本さ行くんだな、お前は頑張っているなあ」と巳之助は草むしりする手を休めて、しみじみと語り始めた。

 「いづだったが五郎次がみんなば集めで一杯やったごどあったんだ。あいづは俺だづがなんぼもらってか、うんと聞き出したあど、善六に比べっと少ねえなあって言って、お前だげがいい思いしてんだって言ってだげんとも、そいなごどはねえよなあ。お前はこうやっておろしあのために働いでんだがら、給金ば多くもらって当たり前だ。みんな俺だづはそう思ってる。俺だづだってなんぼがだげんとも、おろしあがら給金ばもらってる。ありがでえごどだど思ってる。五郎次はお前たちは日本さ帰りでぐねえのがって聞いでだ。そりゃ帰りでえさ。んでも俺だづはどごでも生ぎでいげる。どごで生ぎるがはそんな大したごどではねえさ、どうやって生ぎるがが大事なんだよな」

 じっと巳之助の話しに耳を傾けていた善六は、ここで思わず口を挿んだ。

 「んだんだどうやって生ぎるがが大事なんだ。金だげではねえ、こうやってお前は吉郎次のとっつあんのごどば忘れねえで供養してくれでる。そして何より一生懸命生ぎでる」

 巳之助はにっこり笑って、「お前もとっつあんのごどば忘れねえで来てくれでる。そんでいいんでねえが。俺だづはお前のごどが自慢だ。確かに吉のとっつあんもお前が来てくれで喜んでるはずだ。聞ぐど大事な仕事のようだ。頑張れよ。お前の夢だったな、日本どおろしあの間に橋ば架けるって、その時がやってきたんだ。お前の得意なおろしあの言葉ば使って、日本とこうして俺だづの面倒ば見てくれたおろしあが仲良ぐなれるように頑張ってくれ。仲良ぐなったら俺だづも石巻さ帰れっかもしゃねえなあ」と巳之助が遠くを見つめるように語るのを見て、善六は「んだんだ、日本がおろしあど仲良くなりさえすれば、宗旨変えした俺だづも日本さ帰れるがもしゃねえ。んだんだ。巳之助、お前の言う通りだ。ありがど、がんばっと」と巳之助の手を握っていた。

 善六は巳之助と一緒に草むしりをした後、吉郎次の墓に持ってきたウオッカをささげて、巳之助と一緒に手を合わせた。

 善六は家に戻り、慌ただしく出発の準備をして、翌日イルクーツクを旅立った。リコルドが待つ、オホーツクに到着したのは短い夏も終わろうとした8月初めのことだった。

 港に係留されていたディアナ号を訪ねた善六は、リコルドがいる船長室に案内された。部屋に入ってきた善六の姿を認めたリコルドは、椅子から立ち上がり、善六の元に歩み寄り「ピョートル・ステパノヴィッチ(善六のこと)待っていたぞ」と握手を求めてきた。

(毎週土曜掲載/大島幹雄・作)

※ロシアに残った若宮丸漂流民〜善六ものがたり<50> 第6部イルクーツク(5)
http://ishinomaki.kahoku.co.jp/news/2019/02/20190202t13007.htm


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