NEWS 石巻かほく

このエントリーをはてなブックマークに追加
2018.06.13

ロシアに残った若宮丸漂流民〜善六ものがたり<19> 第1部カムチャッカ(18完)

ナジェージダ号とオーロラ

<再びイルクーツクへ>

 継右衛門たち6人がはしけに乗って岸から離れていくのを、じっと見つめる善六の目には涙があふれていた。波のかなたにはしけの姿が消えてしまったとき、善六は振っていた手をゆっくり下ろし、大きくため息をついた。

 「なんとまず、一人っきりになってすまったなや」

 善六はこうつぶやくと、そのまま力なく岸辺に腰を下ろした。

 今から3週間前、レザーノフはマリア号に乗って、自らが経営する露米会社の支社がある北米のコディアク島を目指し、旅立っていた。1年間、世界一周の航海を共にしてきたナジェージダ号も2週間前に樺太を目指し、ペトロパブロフスクを後にしていた。津太夫や太十郎ら若宮丸の仲間も、極北の半島で半年以上生活を共にしてきた継右衛門たちももういないのだ。

 「誰もいねぐなってすまった」とまたつぶやいたとき、善六はロシアと日本の間に橋を架けるという自分の夢も消えようとしていることを、改めて思い知った。

 「今までの苦労は、一体全体何のためだったんだべなあ」

 いつの間にか浜辺の砂を握りしめていた善六の脳裏に、さまざまな情景が浮かんでくる。
 漂流していたとき、みんなで雨乞いをしたときのこと、アリューシャンの島で寒さに震えていたこと、真冬のシベリアで野宿したときのこと、ロシア人に帰化したとき仲間と争いになったこと、吉郎次の死、世界一周航海で見たさまざまな光景など、次々に頭の中を駆け巡っていく。

 「ナジェージダ号が行ってすまったがら、俺のナジェージダ(希望)も、ねぐなったつうごどがなあ」

 善六は握っていた砂を投げ捨てた。

 「ナジェージダがあ、んだんだ、あの時レザーノフさんはナジェージダのごどば言ってだっけな」

 今から3週間前の6月4日のことである。この日新たな航海に向かうレザーノフは、慌ただしく準備が続けられている船に、善六を呼び寄せた。

 「ペーチャ(善六のこと)、私たちの夢はもう消えてなくなったのかな? お前もさぞかしがっかりしていることだろう。でも決して諦めてはならない。日本とロシアは貿易するようになるはずだ。いや、私がそう仕向ける。長崎では少し下手に出過ぎたと思っている。この国にはもっと強く出ないといけないのだろう。皇帝にも報告して、違ったやり方で日本に貿易を迫るつもりだ。そうなれば、日本もわれわれの言うことを聞くはずだ」

 善六はじっとレザーノフの目を見つめ、それを聞いていた。レザーノフは善六の真剣な顔を見つめ、少し間をおいてにっこり笑ってこう語った。

 「ペーチャ、またお前を待たせることになるが、もう少し待ってくれ。でもここにいても仕方がないだろう。イルクーツクに戻って日本語学校で教えてくれ。イルクーツクの県知事にはお前が今回の旅で大きく貢献してくれたので、給金も値上げするように命じている。心配するな。必ずお前の出番が来る。その時また会おう。イルクーツクにはお前の、日本語で何と言ったかな、『ほうばい(朋輩)』がいるではないか。希望は捨てることはない。もうしばらく待ってくれ」

 「ほうばい」とつぶやいた後、善六ははっとする。

 「俺さは、まだ仲間がいる。一人でねえ。イルクーツクで仲間だづが待ってっぺっちゃ」

 善六が最果ての港町に別れを告げ、イルクーツクへと旅立ったのはそれから1週間後のことだった。善六は37歳になっていた。波乱に満ちた青春時代が終わりを告げようとしていた。

(毎週水曜掲載/大島幹雄・作、太田和美・絵)

※20、27日付は休載します。

※ロシアに残った若宮丸漂流民〜善六ものがたり<18> 第1部 カムチャッカ(17)
http://ishinomaki.kahoku.co.jp/news/2018/06/20180606t13008.htm


スポンサーリンク

ページの先頭に戻る