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2018.05.09

ロシアに残った若宮丸漂流民〜善六ものがたり<14> 第1部 カムチャッカ(13)

長崎の梅ケ崎ロシア仮館(ここにレザーノフや漂流民が住んでいた)

<レザーノフの怒り>

 長崎に着くまでに大きな台風に遭い船が損傷し、修理を余儀なくされたこと、長崎に着いてからしばらく沖合に待機させられたこと、長崎に着いても上陸を許されず不自由な思いをさんざんさせられた後、やっと上陸できたのは長崎に着いてから3カ月もたってからだったこと、しかもここが半分牢獄(ろうごく)のような所で夕方になると門に鍵が掛けられたこと、じめじめした湿気の多い生活ですっかりリウマチが悪くなったこと、何か腹に一物持った通訳たちのこと、そして奉行所の役人たちの慇懃(いんぎん)無礼な態度、江戸からの使いが到着しないとなんだかんだと理由を付けられ待たされ続けたこと、そしてやっと到着してから半年かかって江戸からやってきた代表団と正式な交渉ができたものの、3日間の交渉で、われわれの通商への呼び掛けには全く応じないばかりか、私たちロシアの船は一切ここに来ることはまかりならぬというではないか、と幕府の使者とのやりとりを話し始めたとき、レザーノフは次第に興奮してきた。

 青白かった顔が次第に赤みがさしてきた。「わがロシアを何と思っているのか、わが皇帝が正式に贈った物を一切受け取れないとまで言ったのだ。そしてもう二度と来るなとも言ったのだぞ」

 善六はだんだん胸が苦しくなってきた。この港で別れた太十郎や津太夫、左平、儀兵衛は一体どうなったのか、それを思うと胸が張り裂けそうになってきた。「レザーノフさん、一つ教えてください。私の仲間は無事に日本に戻れたのですか、まさか殺されてしまったということにはなっていませんよね」

 善六の言葉で、われに返ったレザーノフは、下をうつむくようにして、静かにつぶやいた。「タジュが、自分で喉を刀で突き刺した」

 これを聞いた善六は、小さく叫び声を上げた。そして「なぜ」と言った後、「それでタジュは死んだのですか」と問い掛けた。

 「いや死んではいない、ただその後、一言もしゃべらなくなったんだよ」

 「そんなばかな!」と言ったきり、善六は黙り込んだ。

 レザーノフは静かな口調で、太十郎が、あまりにも日本人の取り扱いがひどかったので「ロシアへ連れて帰ってくれ、そうでなければ自殺する」と言って、喉に剃刀(かみそり)を突き刺した、ロシア人がこれを押さえて一命を取り留めたと語った。

 善六は、何度も何度も首を振りながら「うそだ、そんなばかなことがあるか」とうなるようにつぶやいていた。少し落ち着いたところで善六は恐る恐る「他の3人は無事だったのでしょうか」とレザーノフに尋ねた。

 「無事だよ。私は4人を日本に引き渡した。ただその後どうなったのかは分からない」

 「クニには帰られたのでしょうか?」

 「ペーチャ(善六のこと)、それは分からない。通訳たちの話によると光太夫はクニには帰れず、ずっと松前に捕らわれたままだという、もしかしたら4人はそのまま長崎にとらわれたままなのかもしれない」

 「みんなクニに帰るためにあんな長い航海をしたのに、それがクニへ帰れないなんて、帰らなければ良かったのに…」

 「残念ながらわがロシアと私の会社 露米会社のもくろみは全て打ち砕かれてしまったんだ」

 レザーノフが無念さをにじませて語るのを聞いた善六は、うめくように「そんな…」と声を出した後、自分の膝を拳で「くそっ」と叫びながら何度もたたくのだった。いつの間にか善六の目から涙があふれだしていた。

 あれだけ故郷に帰りたがっていた4人が、その思いを遂げられなかったことが何よりも悔しかった。故郷にいる妻や子どものことを思い起こしながら、自分の数奇な体験を話したいとうれしそうに語っていた太十郎の輝くような目を思い浮かべると、悔しくて悔しくて仕方がなかった。

 なぜ自ら喉に刃を突き刺したのか、いつの間にか善六は「タジュ」と声を上げていた。

(毎週水曜掲載/大島幹雄・作、太田和美・絵)


※ロシアに残った若宮丸漂流民〜善六ものがたり<13> 第1部 カムチャッカ(12)
http://ishinomaki.kahoku.co.jp/news/2018/05/20180502t13007.htm


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