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2018.04.15

米軍医が撮った1951、石巻地方<13> 虚無僧の行脚

 石巻市の中町通り(中央2丁目)にあった本田時計店の店頭に立つ、2人の虚無僧(こむそう)です。

 同店は日清戦争後の1895(明治28)年創業の老舗でしたが、東日本大震災で大きな被害を受け廃業しました。どこかで見た記憶があり、左右対称のショーウインドーにピンとくるものがあり、別の写真から同店と確認できました。真ん中が入り口で、ガラス戸3枚1間半間口の玄関でした。

 虚無僧は明治期にいったんは廃止されましたが、明暗教会として復活します。時代小説や映画、例えば「鳴門秘帖」などに登場します。筆者も子ども時分、虚無僧が店頭で尺八を吹き続け、明暗箱にお布施を頂く光景を見ました。

 虚無僧による普化宗の宗教活動は、中国の普化を祖とし、日本には13世紀に伝わります。虚無僧は僧と称していながら剃髪(ていはつ)をしない半僧半俗の存在で、尺八を吹き喜捨を請いながら、諸国を修行行脚します。小袖に袈裟(けさ)を掛け、天蓋(てんがい)の深編笠(ふかあみがさ)をかぶり、刀を差します。

 江戸時代には托鉢(たくはつ)時の服装と持ち物、旅行時の支度などの規定が定められ、罪を犯した武士が普化宗の僧となると刑を免れ保護されたことから、ならず者の偽虚無僧が横行したといわれています。

 1871(明治4)年、政府は布告で普化宗の宗教活動を禁止しますが、88(明治21)年に京都で明暗教会が設立されて、虚無僧の行脚が復活しました。首から下げた明暗箱はこの時以来のものです。

 子どもながらに不思議な人物との記憶が強く残っています。バトラー大尉はどんな印象を持ったでしょうか。(郷土史家・辺見清二)


※米軍医が撮った1951、石巻地方<12> 中瀬と荷馬車
http://ishinomaki.kahoku.co.jp/news/2018/04/20180408t13006.htm


<情報をお寄せください>
 掲載された写真は、撮影者の長男アラン・バトラー氏のウェブサイト「Miyagi 1951」で閲覧できます。https://www.miyagi1951.com/
 写真に関する情報は辺見氏 090(4317)7706 にお寄せください。


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