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2018.04.14

ハワイと石巻、移民150年 奮闘した人たちに聞く<3> 和船の帰還

周藤宏樹さん

◇雄勝の小船帰還に貢献、周藤宏樹さん(56)

−東日本大震災の津波でハワイに漂流した石巻市雄勝町の和船「第2勝丸」との関わりは。

 「サンディビーチで涼んでいた知人女性から『日本の船が流れ着いている』と電話があったのが、きっかけでした。かなり破損していましたが『第二勝丸』という船名と、『雄勝』という地名を記したプレートが残っていましたので、持ち主を捜し、連絡したいと考えました」

−どんな方法で持ち主を捜したのですか。

 「ハワイ州政府に連絡する一方、インターネットで情報提供を呼び掛け、漁協にも連絡したところ、元の持ち主(既に死亡)家族が判明しました」

−遺族や地元住民が、震災遺構として活用しようと、帰還実現に向け保存会を結成しました。

 「何か貢献したいと思っていました。2015年夏に、保存会にプレートを届けに伺ったのですが、感激していただき恐縮しました」

−結果的に、船は帰還しました。

 「本当にうれしかったですね。帰還の式典には総領事や州政府の要人の方々も参加されていました。石巻の方でもさまざまな人たちの支援、協力があったようですが、国境を越えて一つのことを成し遂げたことは素晴らしいことだと思います。奇跡の帰還に関わることができたことに喜びを感じています」

−震災から7年が経過しました。

 「風化が叫ばれていますが、帰還船が目に見える形で保存されたことで、風化に歯止めを掛ける役割を果たしてくれると期待しています。震災はつらく、悲しいことではありましたが、人とのつながりや思いやることの大切さなどをあらためて教えてくれました。微力ながらさまざまな機会を捉え、帰還の出来事、教訓を伝えていきたい」

−移住して何年になりますか。

 「早いもので30年になります。戦後移民ですが、心はもちろん日本人のままで、日本に関する変なことを聞くと頭にきますね」

−支援者の協力で「第2勝丸」の保存・展示施設がオープンしました。

 「良かったですね。ぜひ時間をつくって見に行きたいですし、国内外の一人でも多くの人に足を運んでもらえる施設になってほしい。できることがあれば、これからも支援していきたいと思っています」

■しゅうとう・ひろき
 1961年11月、東京都出身。慶應義塾大卒。大学時代はアメリカンフットボールで活躍した。ゼッロクスを経て、87年、父親の後を継ぎ、ハワイでホテルを経営。趣味は読書など。妻、子ども2人の4人家族。


※ハワイと石巻、移民150年 奮闘した人たちに聞く<2> 関係を密に
http://ishinomaki.kahoku.co.jp/news/2018/04/20180412t13013.htm


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