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2018.04.10

スマトラ沖地震・被災地バンダアチェ 市長ら、東松島を視察

東名運河で、ウスマン市長(中央)らに津波の被害について語る山縣さん(右手前)

 大地震による津波被害という共通の経験を相互の復興に生かそうと、東松島市と連携しているインドネシア・バンダアチェ市のアミヌラ・ウスマン市長(60)はじめ市幹部ら7人が、7日から東松島市を訪れている。8日は野蒜と宮戸の両地区を視察し、伝承活動や高台への集団移転などの取り組みに理解を深め、9日は渥美巌市長を表敬訪問した。

 国際協力機構(JICA)の草の根技術協力プログラムの一環で、一般社団法人「東松島みらいとし機構(HOPE)」が主催。一行は4〜9日間の日程で、東松島市を巡っている。

 9日は東松島市役所を訪れ、渥美市長らと両市の協力と連携について、意見交換した。ウスマン市長が「カキ養殖での技術協力を引き続きお願いしたい」と話し、渥美市長は「JICAと新たなプログラムを検討していきたい」と答えた。

 8日は、宮戸地区の大浜・月浜や、旧JR野蒜駅舎を改修した「震災復興伝承館」などを視察。野蒜まちづくり協議会副会長の山縣嘉恵さん(50)が、被災した自宅の跡地や旧野蒜小などを案内し、地震直後の避難経路や、高台の野蒜ケ丘への集団移転の経緯について説明した。

 東名運河で、山縣さんは「橋や踏切が避難時の渋滞を招く」と指摘。解体された野蒜小体育館にも触れ、「震災遺構は、災害を後世に伝える役割がある。見るのもつらい人がおり、各地で議論されている」と話した。

 アリフ・ファディラ市議会議長は「バンダアチェでは、居住が認められない浸水域に住民が住宅を再建してしまった。東松島市民はなぜ集団移転に同意したのか」と質問。山縣さんは「津波への恐怖心が強い。市は移転計画をいち早く示し、何度も意向を調査したため、多くの市民が再び東松島で生活したいと思った」と答えた。

 ウスマン市長は「被災地を訪れて、古里の被災時と同様に悲しい気持ちになった。次世代への伝承施設の多さが興味深い。今後も経験を共有し、交流を続けたい」と語った。


※関連記事
「インドネシア・バンダアチェ市研修員、活動発表 東松島(2017.08.12)」
http://ishinomaki.kahoku.co.jp/news/2017/08/20170812t13005.htm
「復興状況を歩いて確認 東松島、バンダアチェ市と取り組み(2017.07.28)」
http://ishinomaki.kahoku.co.jp/news/2017/07/20170728t13004.htm


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