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2018.01.11

インタビュー>いしのまき・人模様 県海洋総合実習船「宮城丸」

日野浩之さん

◇県海洋総合実習船「宮城丸」船長 日野浩之さん(57)

<航海で生徒たち成長、担い手育成にやりがい>

 「ハワイ実習の中でも、2016年3月に帰港した航海は忘れられないものになりました。実習生にとっても思い出に残る航海になったようです。役目を果たすことができ、安堵(あんど)しました」

 東日本大震災の津波で漂流しハワイ・オアフ島で発見された石巻市雄勝町波板の和船「第2勝丸」を積んで戻ってきた歴史的な航海だった。

 「初航海もまた、忘れられません。というのも、11年の震災に遭遇し、石巻港に帰港できず神奈川県の三崎港に入港しました。不思議なもので、被災船を積載した時は、震災からちょうど5年の3月11日に石巻港に入りました。あれから間もなく7年を迎えますが、当時の実習生から声を掛けられることもあります。いつもそうですが、成長した姿を見るとうれしくなりますね」

 宮水高卒業後、運搬船(冷凍漁獲物積載貨物船)に乗船し、航海士、船長として、オホーツク海やベーリング海などの北洋漁場、太平洋、インド洋、大西洋、南極海と世界の海を約30年間にわたって航海した。

 「50歳の時、前の船長の退任により、空席となった船長職に縁があって就くことになりました。古里で仕事ができることはもちろん、母校の後輩たちのため、さらには漁船漁業の担い手育成に携わることで、恩返しができることにやりがいを感じています」

 ハワイ沖でのマグロはえ縄実習は、1月と4月が宮城水産高、10月が気仙沼向洋高の生徒たちを乗せ、約2カ月間行っている。洋上生活は慣れているとはいうものの「気の抜けない日々が続く」という。生徒、指導教官全ての乗組員の健康状態に注意を払い、安全航行に万全を期す。

 操業実習は、昼夜約1カ月間行う。「海育ちですが、私も最初は船酔いしました。実習生の多く(3分の2)も出港当初は船酔いに悩まされますが、操業するころにはほとんどの生徒は慣れます。炊事、洗濯も個人個人で行い、規則正しい生活を送り、集団生活の中で生徒たちは一回り成長し、帰港します。それは、出迎える親御さんの表情からうかがえます」

 帰港前、燃料補給のために立ち寄るハワイ・オアフ島での4泊5日は、リフレッシュできる時間で、生徒たちも一番楽しみにしているという。「県人会の皆さんとの交流もあり、石巻や宮城の現状報告や生徒たちが出し物を披露し、親睦を深めています。12〜13日掛けて帰港しますが、石巻港が見えてくると安心します」

 7月から8月は、2年生対象の短期実習を北海道や東京に向け3回ほど実施し、海の日(7月の第3月曜日)周辺の2〜3日は1年生を対象に石巻港で2時間ほど体験航海を行っている。

 海の日には、中学生対象や一般対象のオーシャンキャンパスを開催するなど、宮城丸を広くPRしている。「航海に、一人でも多くの子どもたちが興味、関心を示してくれることを期待しています」

 家では、健康維持のため、震災で亡くした妻がかわいがっていた愛犬との散歩を楽しみにしている。

 18日、今年最初の操業実習のためハワイ沖に向け、石巻港を出港する。

■ひの・ひろゆき
 1960年10月、女川町出島出身。宮城水産高漁業専攻科卒。大盛丸海運(三重県)に30年間勤務後、2011年県採用となり、翌年から海洋総合実習船「宮城丸」船長。石巻市新栄1丁目で三男、愛犬と暮らす。

(伊藤浩)


※関連記事
「ハワイ漂着の『第2勝丸』、古里・雄勝に帰還 震災から5年(2016.03.12)」
http://ishinomaki.kahoku.co.jp/news/2016/03/20160312t13004.htm


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