NEWS 石巻かほく

このエントリーをはてなブックマークに追加
2017.12.07

インタビュー>いしのまき・人模様 合同会社よあけのてがみ

塩坂佳子さん

◇合同会社よあけのてがみ代表 塩坂佳子さん(47)

<人の心と街を明るく>

 流転の人生は石巻に腰を据えそうだ。

 大阪で生まれ育ち、ライターとして働き、小笠原諸島の父島で釣り船を手伝い、東京や上海でも雑誌作りの仕事をし、そして石巻へ。

 ライターの塩坂佳子さん(47)は「色んな体験をしましたが、どれも無駄ではありませんでした。石巻で今、体験が生かされています」と笑う。

 2015年9月に石巻に移住した。今年、石巻市内の中古一軒家を「車1台分ぐらいの超破格値」で購入し、9月には合同会社「よあけのてがみ」を設立。自宅を事務所に活動を本格化しつつある。「人の心や街を明るくする企画や商品などを考えたり、ライターの仕事もしたり。忙しくて今、仕事の相棒を探しています」

 活動は多岐にわたる。

 一つは、13年に友人のイラストレーターと立ち上げたブランド「東北☆家族」。ホヤやカキ、ホタテなど三陸の特産品をオリジナルキャラクターで表現し、愛らしいグッズにして販売する。収益の一部は被災地の子どもたちに寄付される。

 「原点は石巻市の立町ふれあい復興商店街で、お土産としてキャラクターの缶バッジを販売してもらったことです」。キャラクターをあしらったブックカバー、コーヒーカップ、Tシャツ…。さまざまなグッズが石巻市立町2丁目の富貴丁通りに構えた店に並ぶ。

 もう一つ、活動で人気なのが「石巻さかな女子部」。女性たちが毎月1回、市中心部の鮮魚店に集まり、旬の魚介のさばき方を教わっている。「石巻は魚の街っていうけれど、意外と若い人は魚をおろした経験のない人が多い。こんなに魚介が豊かなのに…」

 15年に始めたさかな女子部の会員は約40人。活動の様子をネットでも紹介し「体にいい魚食文化の復活を訴えています」。

 関西の大学を卒業後、大阪で出版社に入社。営業に回され、「編集をしたかった」とあっさり退社。

 フリーのライターとして独立した。大阪の商業雑誌などから仕事が舞い込んだ。「お金は貯まるけれど、商業ライターに疑問を感じて…」。もっとハングリーに生きたいと離島・父島に渡り、釣り船の手伝いをした。「その経験がさかな女子部に役立っています」

 その後、東京に出てライター兼編集者として、結婚情報誌や月刊誌「婦人公論」などに執筆。結婚情報誌が中国で創刊する際には、現地で編集者を育てる顧問として関わった。「その時に出会った上海在住の日本人イラストレーターが、東北☆家族のキャラクターを描いてくれています」

 人生80年だとすれば、折り返しの40歳の時に震災が起きた。11年6月から仙台、石巻にボランティアとして通い続けた。

 「40歳までは自分のためだけに働く人生。東京では駆り立てられるような暮らしだった。自分が社会の役に立てることは?と考えていた時、震災が起きました」

 会社名「よあけのてがみ」には、苦難の先にも新しい人生がある、というメッセージを込めた。それをさまざまな筆者と共に伝えるWEBマガジン「よあけのてがみ」(yoakenotegami.com)を開設。

 富貴丁通りにある店舗では「富貴丁寺子屋」も始めた。経験を生かし文章講座を開く。これもまた、今できる社会貢献だと思っている。

■しおさか・よしこ
 1970年、大阪府高槻市生まれ。関西学院大文学部卒。25歳でフリーランスのライター兼編集者に。東京に活動の場を移し、東日本大震災後はボランティアとして宮城県内で活動。2013年、被災地の名産品をキャラクターで発信するプロジェクトを始めた。15年秋に石巻市へ移住。石巻市産業復興支援員を2年間務めた。愛猫「ふーちゃん」と石巻市泉町に暮らす。連絡先はinfo@yoakenotegami.com

◇東北読み物コンテンツ よあけのてがみ http://yoakenotegami.com

(古関良行)


スポンサーリンク

ページの先頭に戻る