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2016.06.30

インタビュー>いしのまき・人模様 石巻復興きずな新聞舎

岩元暁子さん

◇石巻復興きずな新聞舎代表 岩元暁子さん(33)

<仮設住宅へ情報再び>

 「復活するのを待っていました」
 「新聞が届くのが楽しみです」

 読者から届いた反響が、A4判4ページの小さな媒体への期待を物語る。

 石巻市内の仮設住宅などに無料配布される情報紙「石巻復興きずな新聞」が今月10日、創刊された。3月に終刊した「仮設きずな新聞」の後継として「復刊」した。

 仮設きずな新聞の編集長だった岩元暁子さん(33)は発行元の一般社団法人ピースボート災害ボランティアセンター(PBV)=東京=を辞め、4月に石巻復興きずな新聞舎(石巻市)を設立。インターネットで寄付を募るクラウドファンディングで資金を調達した。

 「やっと形にすることができてうれしい。もう駄目かなと諦めかけたこともあったけれど、多くの方の協力で発行できた。最後の一人が仮設住宅を出るまで発行し続けたいですね」

 市内では今でも、仮設住宅約3700戸に約8000人が暮らす。新たなきずな新聞は仮設住宅に加え、市街地の復興公営住宅にも配る。

 「情報を得る手段がない住民が多く、情報紙へのニーズはまだまだ高い。地元が今どうなっていて、これからどうなるのかを知りたいと思っている。現在、過去を伝えながら、未来が見える新聞にしたい」

 きずな新聞舎のスタッフは3人で、協力者は約20人。防災や心のケア、地域づくりなどの記事を書いたり配布したりする。月1回、約6000部を発行する。

 横浜市出身。外資系の大手IT企業に勤め、退職して青年海外青年協力隊に参加しようと準備していた時に東日本大震災が起きた。

 「震災の年の4月にボランティアとして石巻に入って、泥かきをしたり、避難所や水産加工会社で支援に携わったり。そのうち、PBVできずな新聞の制作に関わりました」

 仮設きずな新聞は2011年10月に発刊。被災した石巻市で全133カ所の仮設団地に月2回配布。ボランティアらが一軒一軒を訪ねて被災者に手渡し、悩みや近況に耳を傾けた。新聞の配布は「見守り活動」の役割も担ってきた。

 12年7月から3代目の編集長を務めた。しかし、震災から5年、ことし3月10日の第113号が最終号となった。「助成金などが減り、資金難と担い手不足が主な要因でした」

 自身も14年11月に結婚し、東京の出版社勤めの夫とは別居が続いた。「歳月とともに支援する側の生活環境も変わった。自己犠牲の上に成り立つ支援活動はどうなのだろう…と悩んだ」

 終刊を伝えると、住民だけでなく、制作や配布に関わる協力者からも惜しむ声が出た。「まだ続けたい」「もっと情報を発信していきたい」。一人一人と対話を重ね、気付いたという。「新聞はいつしか、作る人、配布する人にとっても生きがいになっていたんです」

 みんなともう一度、やってみよう。そう決意した。自宅で新聞の編集を手伝ってくれるという、夫の支えも背中を押してくれた。

 東京と石巻を往来する日々。被災地での新聞づくりがライフワークになりつつある。

■いわもと・あきこ
 1983年1月、横浜市生まれ。上智大文学部卒。日本マイクロソフト社で4年ほど勤務の後、2010年6月に退社。震災後、ボランティアで石巻に入り、12年4月からピースボート災害ボランティアセンターのスタッフ。ことし4月から現職。趣味は着物、フルート。石巻復興きずな新聞舎の連絡先は090(6686)8317。

(古関良行)


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