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2016.06.17

石巻3人殺傷、元少年の死刑確定へ 最高裁が上告棄却

最高裁判決後、厳しい表情で会見する草場弁護士(右から2人目)ら=16日午後5時5分ごろ、東京・霞が関の司法記者クラブ

3人が殺傷された民家の跡地=石巻市清水町1丁目

 石巻市で2010年、3人を殺傷したなどとして殺人罪などに問われ、一審と二審で死刑判決を受けた元解体工・千葉祐太郎被告(24)=事件当時(18)、石巻市南浜町3丁目=の上告審判決で、最高裁第1小法廷は16日、被告の上告を棄却した。

 09年5月に始まった裁判員裁判で、犯行時少年だった被告に言い渡された初の死刑判決が確定する。

 大谷直人裁判長は「強い殺意で攻撃を加え、2人の生命を奪い、1人に重傷を負わせた。罪質、結果ともに誠に重大」と指摘。殺害の計画性を認定した上で「行為の態様は冷酷かつ残忍だ。犯行時18歳7カ月の少年であっても、深い犯罪性に根ざした犯行というほかない」と断じた。

 判決は「一定の反省や遺族への謝罪の意思を表明していることなどの事情を十分考慮しても、刑事責任は極めて重大だ。一審の死刑判決は是認せざるを得ない」と結論付けた。大谷裁判長ら裁判官5人全員一致の意見。

 被告は10年2月10日朝、共犯の男=同(17)、殺人ほう助罪などで有罪確定=と石巻市にある交際相手の女性の実家に押し入り、交際に反対していた女性の姉南部美沙さん=同(20)=と友人の大森実可子さん=同(18)=を牛刀で刺殺。居合わせた南部さんの知人男性(26)にも大けがをさせ、女性を車で連れ去った。

 裁判員裁判で行われた一審は10年11月の判決で「年齢は死刑回避の決定的事情とまでは言えず、一事情にとどまる」と求刑通り死刑を言い渡し、二審仙台高裁も支持した。

<弁護団「最高裁の役割放棄」>

 弁護側は上告審で「犯行当時は精神的に未熟で、更生の可能性がある」と主張し、死刑回避を求めていた。

 犯行時少年の死刑が確定するのは、12年2月の山口県光市母子殺害事件の差し戻し上告審=再審請求中=以来。最高裁が1983年に死刑適用基準(永山基準)を示して以降、犯行時少年の死刑確定は7人目となる。

 上告棄却の判決後、被告の弁護団が東京都内で記者会見した。主任弁護人の草場裕之弁護士は「司法権を担当する国の最高機関である最高裁の役割を放棄した」と批判。「弁護団の主張について最高裁は言及もせず、三くだり半を突きつけた。命を軽視している」と訴え、10日以内に最高裁に異議を申し立てるとした。

 弁護団は「死刑の理由として強調された残虐性を裏付ける事実認定が一審から間違っている。検察官が立てた事件像と矛盾するストーリーに基づいて裁判員裁判で審理され、踏襲された」と指摘。「人格形成に及ぼした成育歴について一切考慮されていない。少年法の根幹に関わる」と疑問を呈した。

 千葉被告にどう伝えるかとの問いには「控訴審に続き自分の認識と異なる事実認定が踏襲されるなら受け入れられず、再審請求したいと思うのでは」と述べた。

<被告親族「申し訳ありません」>

 最高裁で上告が棄却された千葉祐太郎被告(24)=事件当時(18)=と面会を重ねてきた親戚の女性が16日、心の内を語った。

 「どんな刑でも亡くなった人は帰ってこない。彼のしたことを考えれば、許されるはずがない」。謝罪や反省の言葉を漏らす被告を振り返りつつ、涙ながらに死刑が確定する判決を受け止めた。

 女性は幼少期から被告を知る数少ない肉親の一人。身内が事件を起こしたことへの責任感から、定期的に仙台拘置支所に足を運び、被告と面会してきた。

 被告は度々、「取り返しのつかないことをしてしまった。遺族の方々にどういったおわびをすればいいか分からない」と吐露。「生まれ変われたらいいのに…」と口にすることも少なくなかった。

 被告は一審判決以降、被害者の命日に合わせて遺族に手紙を送っていたが、受け取ってはもらえなかった。「自分のしたことは重すぎる。当然だ」と言い聞かせるように繰り返した。

 被告に微妙な変化が見え始めたのは、二審判決後。親からの暴力や事件に至る背景などを原稿用紙にしたためるなどし、書き終えた後、周囲に「自分は未熟だった」と語っていたという。

 女性は「最高裁で死刑が確定することを意識していたのでは。自分と向き合い、素直な気持ちを肉親らに伝えたかったのかもしれない」と推測しつつ、「私に見せる表情が彼の本当の素顔かどうかは、いまだに分からない部分がある」と複雑な心情を明かした。

 遺族に対しては「周囲の人間がどんなに謝っても許されないことは分かっているが、謝罪させてほしい。本当に、本当に申し訳ありません」と声を振り絞った。

<故・大森さんの遺族傍聴>

 傍聴席にはこれまでの判決公判同様、被害者の遺族が姿を見せ、厳しい表情で判決に耳を傾けた。

 殺害された大森実可子さん=当時(18)=の父親は、裁判長が判決理由を読み上げる間、目を伏せて聞き入った。上告棄却が告げられた瞬間、右隣に座った被害者支援団体の女性が父親の手を、次いで大森さんの母親の手を握りほほ笑み掛けたが、2人は表情を崩すことなく正面を見つめ続けていた。

 閉廷が言い渡され、検事が傍聴席を振り向き一礼すると、2人は深々とおじぎをした。

<近隣住民「何年たっても気の毒」>

 3人が殺傷された石巻市清水町1丁目の民家があった場所は、今は更地となり、雑草が伸びる。事件後、1人で暮らしていた南部美沙さん=当時(20)=の祖母が2013年6月に亡くなった後、家は解体された。

 古くからの住宅が並んでいた現場周辺は、東日本大震災の津波で1メートル近く冠水し、周辺は建て替えやリフォームをした住宅が目立つ。住民の多くは「震災もあり、現場の家がなくなった後は話題にならなくなった」と記憶の薄れを明かす。

 一方で、今も癒えぬ心の傷を抱える人もいる。

 事件が起きた朝、千葉祐太郎被告(24)と共犯の男=当時(17)、殺人ほう助罪などで有罪確定=が、この家の次女を引き連れ小走りで逃げる現場を目撃した女性(80)は「今も3人の姿を鮮明に思い出す」と打ち明ける。1人の男のパーカのポケットが何かを隠し持つように膨らんでいたこと、寒い中で女性が素足にサンダル履きだった様子などが脳裏に焼き付いている。

 女性は「家があった場所が新たに活用されない限り、忘れられずつらい。それでも、子どもたちを家庭や地域で守るために風化させてはいけない事件だと思う」と話す。

 多くの住民が「事件については分からない」としつつも、遺族の心中を推し量る。近所の60代女性は「どんな判決であれ、罪のない2人の命は戻らない。娘がいる母として、何年たっても気の毒でならない」と語った。


※おことわり
 石巻3人殺傷事件の被告について、三陸河北新報社は少年法を尊重し匿名としてきましたが、死刑が確定することで更生、社会復帰に配慮する必要がなくなったことなどを踏まえ、実名に切り替えます。事件の凶悪さや社会的影響、1人の命が匿名のまま奪われることへの懸念なども考慮しました。


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