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2016.03.16

奇跡の帰還 漂着船「第2勝丸」保存へ(上) 実った願い

宮城丸への積載の可能性について、県教委の担当者と協議する保存会のメンバー=2015年6月、県庁

 東日本大震災の津波で流され、米ハワイ州オアフ島に漂着した石巻市雄勝町波板の和船「第2勝丸」(0.5トン)が、震災から5年の11日、帰還を果たした。

 ハワイ沖で実習していた宮城水産高の生徒たちを乗せた、県の海洋実習船「宮城丸」に積載され、石巻に戻った。

 廃船処理されている上、荒波で破損し、船としての価値はないが、地域住民らにとっては大切な遺構で、奇跡の再会となった。(伊藤浩)

   ◇

 2015年4月24日、波板地域交流センター「ナミイタ・ラボ」。後に第2勝丸保存会を結成するメンバーたちの姿があった。

 船の持ち主だった故伊藤恭一さんの次女早苗さん(44)、地区役員を務める伊藤武一さん(68)と青木甚一郎さん(63)、雄勝文化協会会長山下憲一さん(68)の4人だ。

<4人の思い一致>

 早苗さんが、父親と親しかった人たちを前に語り始めた。「漁協から、父名義の船が2日前にハワイで見つかったという連絡がありました。天国の父が、津波で行方不明の母を捜しに行ったんだと思います。震災を忘れるなというメッセージとも思っています」

 「そうだ。きっとそうだよ」。武一さんらは口をそろえ、うなずいた。

 「何とか船を取り寄せることはできないものでしょうか」。早苗さんが切り出すと、山下さんが言った。

 「雄勝には震災遺構がない。何とか船を戻す手だてを考え、震災を風化させないよう教訓を後世に伝えるために展示してはどうだろう」

 すると、宮城水産高OBで、ハワイ沖で実習経験のある青木さんが提案した。「宮城丸に積んできてもらうのが一番いい。石巻の高校生がハワイに漂着した古里の船を積んで帰って来る。いい話じゃありませんか」

 4人の思いは一つになった。「夢(可能性)の実現に向け、組織を作ろう」。話はトントン拍子に進み、5月に保存会を結成、6月4日には、宮城丸を担当する県教委高校教育班に出向き、思いを伝えた。積載、運搬する上での制約、検疫や税関など乗り越えなければならない壁があることも分かった。

 宮城丸は既に実習中。6月の帰港には間に合わない。11月(気仙沼向洋高生乗船)の帰港も諸手続きの関係で積載は無理だった。

 年末、保存会のメンバーに焦りの色が見えてきた。「年が明けると、震災発生から丸5年になる。何とか1月出港(3月帰港)に間に合わせたい」。

<県教委が後押し>

 県教委の担当者は保存会の熱い思いに応えようと、保存会と連絡を密にし、手続きなどに奮闘。1月15日の出港直前にホノルル港で積み込み、運搬する手続きが整った。願いがいよいよ実現することになった。保存会のメンバーたちは、航海の安全を祈り、宮城丸を見送った。

 実習を終え、ホノルル港に入港した2月20日、宮城丸を背景に積載セレモニーが行われた。在日本国ハワイ領事館の三沢康総領事はあいさつでこう話した。

 「奇跡のようなすごいストーリー。(第2勝丸は)震災で苦しんだ人たちに希望を与える象徴となることでしょう」


※関連記事
「ハワイ漂着の『第2勝丸』、古里・雄勝に帰還 震災から5年(2016.03.12)」
http://ishinomaki.kahoku.co.jp/news/2016/03/20160312t13004.htm


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