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2016.02.26

震災から5年 ハワイに漂着した雄勝の和船、古里に向け出港

クレーンで宮城丸に積み込まれる第2勝丸

クレーンで慎重に持ち上げられる第2勝丸

積み込んだ第2勝丸を前に記念写真に納まる(左から)周藤さん、マーラさん、日野船長、佐藤一等機関士

一緒に帰港することになった宮城丸に移される第2勝丸

 米ハワイで見つかった石巻市雄勝町の和船「第2勝丸」が24日、県の海洋総合実習船「宮城丸」に積み込まれた。

 現地で作業を見守った関係者は、東日本大震災被災地の復興を願いながら航海の無事を祈った。帰還に関わった現地の人々と、宮城丸関係者の交流も見られるなど、日米友好のひとときもあった。(ホノルル・伊藤浩)

 第2勝丸は東日本大震災の津波で流され、昨年4月、オアフ島の海岸に漂着しているのが見つかり、州政府に保管されていた。およそ8000キロ離れた島で見つかった船は、震災5年となる3月11日、宮城丸と共に石巻に帰還する予定。

 宮城水産高の生徒たちが乗船した県の海洋総合実習船「宮城丸」は24日午後4時ごろ(日本時間25日午前11時ごろ)、寄港地の米ハワイ州ホノルル港で、石巻市雄勝町波板の和船「第2勝丸」(0.5トン)を積載し、石巻港に向け出港した。

 積載作業は宮城丸が入港した20日にあり、ハワイ州土地資源局のスザンヌD・ケイス局長、在ホノルル日本国領事館の三沢康総領事ら関係者10人ほどが出席してセレモニーが開かれた。

 三沢総領事は「奇跡のようなすごいストーリー。震災で苦しまれた方々に希望を与え、震災の象徴となるだろう」とあいさつ。

 ケイス局長は「多くの人たちの尽力で日本にお返しすることができ、皆さんに感謝申し上げる」と述べた。

 乗組員らが見守る中、繊維強化プラスチック(FRP)製の船体をクレーンでつり上げ、船尾の上部甲板に積み込んだ。船は荒波で内側部分が傷ついているものの原形をとどめ、船名が記されている。

 友人たちと船を発見したハワイ在住の会社員マーラ・スギタンさん(43)は「自分たちが発見した船がこのような形で日本に戻り、保存されることになるなんて信じられない。石巻(日本)とハワイの友好の橋渡しになることができうれしい」と笑顔を見せた。

 船は2003年に亡くなった故伊藤恭一さん=当時(66)=が釣り船として愛用していた。その後、廃船処理されたが、いきさつを知る妻のたけのさん=当時(68)=が震災で行方不明になった。次女の早苗さん(43)=東松島市=が帰還を希望し、渡波地区の住民らと保存会を結成活動してきた。帰還する船は、波板地区で展示・保存する計画という。

 早苗さんは「発見してくれたマーラさんと周藤さんらのおかげ。本当に感謝の気持ちでいっぱい」と話した。


■宮城丸船長・日野浩之さん(55)
「保存会の皆さんが心待ちしているので、無事に持ち帰りたい」

■宮城丸一等機関士・佐藤敏彦さん(50)
「(出身の)石巻市雄勝町のことに少しでも関わることができ感無量」

■実習生・千葉哲平君(17)=石巻市雄勝町味噌作=
「雄勝の船がハワイにたどり着くなんて不思議な感じがした。同時に、持ち帰る使命感のようなものを感じた。忘れられない航海になった」

■実習生・阿部剛巳君(17)=東松島市=
「歴史的な瞬間に立ち会え、貴重な体験になった」

■(帰還に尽力した)ハワイのホテル経営者・周藤宏樹さん(54)
「保存会の皆さんのお役に立てて良かった。ぜひ、震災遺構として大事にしてほしい」


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