NEWS 石巻かほく

このエントリーをはてなブックマークに追加
2016.01.01

復興支援に貢献する人たち(1) 交流人口増加に力貸す

「できることをしながら、復興の姿を見続けていきたい」と話し、日々の業務に追われる藤間さん

 未曾有の被害をもたらした東日本大震災。最大の被災地・石巻地方は徐々に復興を遂げている。その原動力の一翼を担っているのが復興ボランティアグループやNPOなど各種団体だ。中には他県からの移住者もいる。

 震災5年に当たり、復興を祈りさまざまな形で支援に貢献する人たちに被災地への思いや決意をあらためて聞いた。(9回続きの予定)

◇みらいサポート石巻スタッフ・藤間千尋さん(37)

 「ボランティア元年と言われた阪神大震災が起きたのは高校2年の時。テレビで震災関連のニュースがあふれていた。でも年齢と距離に言い訳し、何もしない自分がいた」。東日本大震災時、そのことを思い出した。「これで(現地に)行かなかったら後悔する」と言い聞かせ、4月29日に石巻入りした。

横浜から参加

 事務職として、横浜でOL生活を過ごす一方で、地球を体感するクルーズや国際協力活動を展開する「ピースボート」のスタッフとして、年1回世界各地を回り、地球を5周した。

 「災害が起きれば、ピースボートが動くことは分かっていて『石巻に入った』と知って、すぐ参加することにした」

 配属となったのは、一般社団法人「石巻災害復興支援協議会」。全国から支援に来る炊き出しボランティアなどの調整を担当した。「当初は何でも必要としていたけれど、日がたつにつれ、同じような食事に飽きてしまい、メニューの変更の必要性に気付かされた」という。

 当初は月1、2日、土日に来石していたが、協議会から「交流人口を増やすことが必要。仕組み作りに力を貸してほしい」との相談を受け、9月末で勤務先を退職した。会社は「被災地のためになるのであれば」と、快く送ってくれた。

住民票を移す

 住民票を移し、石巻市民として、10月から協議会のスタッフになった。2012年12月、協議会は公益社団法人「みらいサポート石巻」に変更。9月に始めた語り部プログラムは徐々に申し込みが増え、今も実施している。この受け付けの調整役を主に担当し現在に至る。

 「あっと言う間の4年10カ月だった。最初は何かしなければという感覚が強くガチガチだったけれど、今は少しリラックスできるようになった。できることをやればいいと思えるようになり、ふと肩の荷が下りた」という。

 不定休で、小旅行や料理作り、読書でリフレッシュする。石巻に来た当時は、地名の読み方などが分からなかったが、今ではすっかり慣れた。

 「まだまだ知らないことも、行ったことのない所もある。気付きを楽しみに復興の変化を見続けながら暮らしていきたい」と語る目がキラリと輝いた。

■みらいサポート石巻
 スタッフは大丸英則代表理事を含め10人。語り部プロジェクトのほか、アプリを活用した防災まち歩き体験に取り組んでいる。震災展示スペース「つなぐ館」「南浜つなぐ館」を設置し、情報発信に努める。石巻市立町1丁目3の29。
「みらいサポート石巻」 http://ishinomaki-support.com/


スポンサーリンク

ページの先頭に戻る