地名の話(新橋)

石巻市は町だった頃、牡鹿郡だったのでしょうか桃生郡だったのでしょうか。正解は牡鹿郡です。私の卒業した石巻小学校は校章が石の字をデザインしたものと鹿の角の組み合わせでした。石巻専修大学のあたりから河北町へ抜ける道路に南境という地名がありますがここが桃生郡と牡鹿郡の境だったのでその名前がついたそうです。もちろんその向こう側には北境があります。稲井も大瓜村・沢田村・高木村・流留村・沼津村・真野村・水沼村・南境村の計8か村と湊村のうち井内・磯田地区が合併したときに井内の語路を活かして稲井という名前が造られたと聞きました。釜という地名も昔、塩を作っていた釜からついたものだそうです。石巻工業港ができる前は釜の入江と呼ばれて定川が注いでいたことから汽水域でシジミが採れたという記憶があります。新橋という地名があります。石巻工業高校のある貞山と清水町の間の地区の名称です。私の記憶ではその辺りは蛇田新橋でそれ以外に、今の大街道と国道45号線の交差点にある北上運河に架かる橋を大街道新橋と言っていた覚えがあります。今では蛇田新橋の隣に大きな新しい橋が架かり、大街道にも新しい橋が架かっているので、その呼び方はどうなっているのでしょう。開発が進んで地名が消えていくのはある程度仕方がないのでしょうが、由緒ある名前は残っていてほしいものです。

*大街道に行ってみました。古い橋の取り壊された欄干があったところに、これが残っていました。

*架け替えられた新しい橋にこのプレートがついていました。向こうに古い橋の跡が残っています。

*旧道の二つ連続してある橋で用水掘に架かる小さな方にこのプレートがありました。運河の方にはありません。

*新しく架けられた石巻工業高前の橋には何も付いていないようでした。これは新蛇田新橋なのでしょうか?


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