短歌(2/24掲載)

短歌

【佐藤成晃 選】

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投縄(とうなわ)のベルに起こされ仰ぎ見しハレー彗星(すいせい)今に忘れず  (石巻市水押・阿部磨)

【評】「投縄のベル」は延縄(はえなわ)漁の始まりを伝えるベルのことか。その音に目を覚まして甲板(かんぱん)に駆け上がって見ると、美しいハレー彗星天体ショー。洋上での漁労が始まる寸前の緊張感がみなぎっている目で見つめたハレー彗星は一生の宝物。1986年2月9日のことかもしれない。30年前の体験がこうして「短歌」という形で復活したとでも言ったらいいのか。次回のハレー彗星は2061年7月28日だとNASAの記録には載っている。

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二円九十九銭木戸銭(きどせん)払いし岡田座の旅の一座は昭和の娯楽  (石巻市不動町・新沼勝夫)

【評】石巻近辺で少年時代を過ごした「昔少年」が紡ぎ出した一首。「なつかしい」とは一言も言わないのだが、「なつかしさ」満載の佳作だ。心を隠すことによってかえって懐かしさが醸(かも)し出されたのだろう。岡田座、二円九十九銭、旅の一座等々、沢山の道具をうまく並べて、昭和のある時期の空気を伝えることに成功した作品である。欲を言えば、最後の「娯楽」はなくてもいいかも、と思いました。

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定年をオアシスと見て働いてまた働いて震災・やまい  (石巻市めぐみ野・木村譲)

【評】砂漠の中の泉とそれを囲む緑地を「オアシス」という。働きずくめの30年余の後に来る「定年(退職)」は、砂漠の中に発見したオアシスのようなもので、勤労のために疲弊しきった体を休めるには必須の時期だ。作者はオアシスという場所の感覚を時間軸に置き換えて詠っているのだろう。長い労働の後のオアシスのような時間を楽しもうと思っていた矢先の3.11であり、自分や家族の病気。想定外の人生コースを強いられながら、今の自分を肯うしかない現実に耐えている作者像が浮かぶ。

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小雪舞う横断歩道のビニール傘見下ろせばまるでクラゲの洪水(こうずい)  (石巻市八幡町・松川とも子)

巡り来る弥生の雪とあの惨禍老い身離れぬ屋根のひと夜は  (石巻市駅前北通り・津田調作)

量(はか)り売りのあった昭和の敗戦後呑み足りぬ父の用を怨みき  (多賀城市八幡・佐藤久嘉)

一刷(ひとはけ)の雲とて見えぬ夕空に菩薩(ぼさつ)のように我が影が顕(た)つ  (東松島市大曲・阿部一直)

突き詰める不満もあらず過ごす日々わが老境にまた春めぐる  (石巻市中央・千葉とみ子)

天気図に彩(いろど)られしは白塗りの県内明日は大雪警報  (石巻市門脇・佐々木一夫)

舗装路の真中に転がる手袋は厚き掌(て)のまま車輪に踏まる  (石巻市開北・星雪)

南から菜の花北は未だ吹雪 春冬こもごも日本の如月(きさらぎ)  (石巻市蛇田・菅野勇)

秒針のタックタックに背を押され転がしていく日々の雑用  (石巻市桃生・米谷智恵子)

五十二歳の梯子(はしご)に登る吾を案じ替わらんかと言いし父のまぼろし  (石巻市駅前北通り・庄司邦生)

我が体を巡りいしかと採血の小びん三本しばらく見つむ  (石巻市羽黒町・松村千枝子)

黒髪をなびかせ歩く君が背にチョコレート匂う二月半(きさらぎなか)ば  (石巻市中里・須藤清雄)

欠けてゆく太陽見ると決めたのに忘れてしまう友との電話に  (石巻市丸井戸・松川友子)

夕焼けに染められて赤き実南天あすは小鳥に食い散らかされんか  (石巻市桃生・三浦多喜夫)

水仙が清清(すがすが)しくも描かれて早春の息告げる絵手紙  (石巻市丸井戸・高橋栄子)

水揚げの魚が減ったと言う声に北方領土のニュース重なる  (石巻市渡波町・小林照子)

しつけと言う言い訳をして虐待す単なる親のエゴに過ぎぬに  (石巻市向陽町・中沢みつゑ)

【2019年2月24日(日)石巻かほく掲載】

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