短歌(12/30掲載)

短歌

【佐藤成晃 選】

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あかぎれの指にがっつり指輪して浜のおんなは浜のおんなは  (多賀城市八幡・佐藤久嘉)

【評】海辺で働くことをなりわいとする女性たちを活写した一首。「がっつり」の訛(なまり)がこの作品を生かしているのではないか。加えて、下の句の「浜のおんなは」の繰り返し。「浜のおんな」たちの堂々として頼りがいのある生き方に圧倒された作者の感銘がリアルに伝わってくる作品となった。海水が沁(し)みて痛む「あかぎれ」も実感としてせまって来るが、「がっつり」がそれをカバーしているようだ。

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平静を装い暮らした「平成」はザブンザブンと音のする波  (石巻市大門町・三條順子)

【評】「へいせい」という同じ音を持つ言葉を契機としてできた一首。作者にとって「平成」三十年間は「平静」ではなかったのだろう。できれば年号にあやかって平静な生活を送りたかったのだ。現実は下の句に描いたような「ザブンザブン」と荒波が立つような生活だった。ザブンザブンの擬音語だけで、平静でない生活の具体的な事情は詠まれていないが、これで納得できるのではないか。ただ「装い暮らす」ことができる精神の柔軟な所に温かさも感じられた一首。

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鉛筆を握れば短歌(うた)の消えかけて戦中生まれは点滅自在  (石巻市恵み野・木村譲)

【評】「自在」は「思いのままであること」「自由であること」。その「自在」に「点滅」を複合させて「点滅自在」へと言葉の世界を飛躍させた作者の意図を味わうことは容易ではない。「いつでも簡単に点滅する」は、頭脳の衰えを詠もうとしているのではないか。歌の断片らしきものが浮かんで来たので、メモを取ろうとして鉛筆を持った瞬間、簡単に滅してしまったのだ。「戦中生まれ」と書くことで高齢者であることを示す。手の込んだ佳作。

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自在鉤(じざいかぎ)に鉄釜吊るす囲炉裏(いろり)ばた湯の沸く音に昔をしのぶ  (石巻市水押・阿部磨)

ざるを持ち幾ばく摘みし海苔(のり)さえも糧(かて)たりしかの戦時下の冬  (石巻市駅前北通り・津田調作)

ぱっちりと目覚めることを疑わず明日につながる短歌(うた)を練るなり  (東松島市大曲・阿部一直)

身の丈に合った暮らしのその中にいそいそ出かける友とのランチ  (石巻市中央・千葉とみ子)

テレビ消した茶の間はシーンと冷たくて熱いお茶飲む老いの二人は  (石巻市向陽町・鈴木たゑ子)

まだまだと八十路の五体に見栄(みえ)をはり動作で誇示す昨日も今日も  (石巻市わかば・千葉広弥)

千歳飴(ちとせあめ)引きずりながら歩く子と親の笑顔に寒さ忘れる  (石巻市皿貝・渡辺仁郎)

晩秋の空に二行の雁が行く餌場(えさば)ありしや再びは来ず  (石巻市鹿又・高山照雄)

また一枚はらりと散りし枯れ葉あり残る紅葉に別れも告げず  (石巻市南中里・中山くに子)

スーパーの隅で買い人待っている年の市など知らぬ注連(しめ)飾り  (石巻市蛇田・菅野勇)

真夜中の受話器あわてて取りたれどいたずら電話か応答あらず  (石巻市丸井戸・松川友子)

雪降れば君の面影浮かび来る明るき君のあの日のままに  (東松島市矢本・本名宗三郎)

もみぢ葉の一歩おくれて色づきぬつきづきしけれ氷雨の中に  (仙台市青葉区・岩渕節子)

言ひさして止める私のくちびるの言葉のかたまり輪郭失う  (石巻市開北・星雪)

早々に喪中はがきを投函し正月用品横目で通る  (石巻市相野谷・伏見里子)

巻石(まきいし)に風情を添えし松の木も今は被災の裸木のままに  (石巻市不動町・新沼勝夫)

ささやかな夢を抱いて買い求む宝くじ売り場に≪大安≫の旗  (石巻市丸井戸・高橋栄子)

【2018年12月30日(日)石巻かほく掲載】

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