短歌(11/4掲載)

短歌

【佐藤成晃 選】

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たわやすく吾に為せるは農のみと今に放たぬ片減りの鍬(くわ) (東松島市大曲・阿部一直)

【評】自分に出来るのは「農業」だけと限定し、しかもそれを「放たぬ」という頑固さ。その結果、手元に残っているのは「片減り」の鍬。「片減り」は畑の畝(うね)立てのためにそのようになったのだろうが、作者の農作業に対するひたむきな、そしてやや自己流の生き方とも読めて、奥深い佳作となった。決してバランスのいい生き方ではなかったが、「こうして生きている」とでも言いたいような作者像が見える一首。

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若き日の延縄(はえなわ)漁を目に呼べば今は懐かし時化(しけ)たる海も (石巻市駅前北通り・津田調作)

【評】毎回、若き日の漁労の作品を提示してくれる姿勢に感激する。この一首で目を引くのは「目に呼べば」ではないだろうか。「振り返ってみれば」「思い出してみれば」などの表現ではつまらない。若い日の船上で活動する様が目前に見えるようだ。あえてこの作品の瑕(きず)を言えば「懐かし」かも知れない。具体的な何かの描写ではなく、全てまとめて「懐かし」としてしまった点で作品の個性が薄くなってしまったのではないか。

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みずからを持て余すがに咲き競う萩の花ばな斜(なだ)りを占めて (石巻市蛇田・千葉冨士枝)

【評】花の気持ちを読み取るがごとく「持て余す」と言い切った部分に感動した。花が自分の真っ盛りを持て余しているとは、言い得て妙である。自然描写は作歌の基本でありながら、実際は平凡な表面描写で終わることが多い。「持て余す」は発見であり、これからの作歌のバネになるかも知れない言葉遣いだ。常識的な「花鳥諷詠」から抜け出ようとする意欲が感じられる作品である。

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縮(ちぢ)こまる脳から言語を引き出すとリハビリ師らの妙なる笑顔 (石巻市恵み野・木村譲)

枝豆をちっと固めに茹(ゆ)であげて香りもろとも擂鉢(すりばち)の中 (石巻市八幡町・松川とも子)

明日からの旅の荷物にアナログの延長として時刻表あり (石巻市大門町・三條順子)

玄関先に蔓(つる)を伸ばした朝顔の紋章のごと青き一輪 (石巻市南中里・中山くに子)

「古米を食べて助(す)けて」と十K(キロ)に新米の五合どうどう光る (石巻市開北・星雪)

さよならの満塁ホーマー飛ぶをみて見知らぬ人とハイタッチする (石巻市駅前北通り・庄司邦生)

青葉山に領地見わたす騎馬像は永久(とわ)の安寧祈るがごとし (石巻市わかば・千葉広弥)

石巻をこよなく愛し描きたる八十路の画家は黄泉路(よみじ)へ旅立つ (石巻市丸井戸・高橋栄子)

「どっこいしょ」と一声発し起動する老いのエンジン スロー回転 (石巻市不動町・新沼勝夫)

「疲れた」と自分自身に言い訳をしながらコンビニ弁当続く (石巻市向陽町・中沢みつゑ)

夕焼けに染まりし稲田は黄金色煙ひとすじ山すそを行く (石巻市桃生・千葉小夜子)

里山に熟れかけアケビ三個捥(も)ぎ色づくを待つ茶の間に置いて (石巻市向陽町・鈴木たゑ子)

今年また柿の実あまた生(な)りたれど捥(も)がれず終(しま)うを横目に通る (石巻市中央・千葉とみ子)

目を射抜く夕日に小手をかざしつつ刈り残されし稲穂を眺む (石巻市門脇・佐々木一夫)

須賀神社に樹齢八百年の欅(けやき)あり長寿あやかる参詣の日々 (東松島市矢本・奥田和衛)

青紫蘇(あおしそ)を摘みつつおれば日溜りの風のめぐりが渋き香を立つ (女川町・阿部重夫)

秋祭りの太鼓の音も懐かしや幼きころに思いを馳(は)せる (石巻市飯野・川﨑千代子)

【2018年11月4日(日)石巻かほく掲載】

■作品を募集中

 短歌、俳句、川柳を募っております。皆さんの力作をお寄せください。

 募集要項は次の通りです。

 短歌、俳句、川柳とも必ずはがきを使い、1枚に3首・句まで。いずれも自作の未発表作品に限ります。作品は返却しません。

 作品と同じ面(裏面)に氏名(筆名の場合は本名も)・住所・年齢(学年)・電話番号を記し、〒986-0827石巻市千石町4の42、三陸河北新報社編集部・文芸係(短歌、俳句、川柳を明記)まで。連絡先は0225(96)0321。


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