短歌(10/7掲載)

短歌

【佐藤成晃 選】

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ばたばたと脳梗塞(のうこうそく)の運ばれて回転灯がああ曼殊沙華(まんじゅしゃげ)  (石巻市恵み野・木村譲)

【評】やや舌足らずな印象が残るが、場面のあわただしさが手に取るようだ。患者を運んでいく救急車の回転灯が赤く輝きながら去っていく。あの回転灯の輝きに「曼殊沙華」のイメージが重なる。「曼殊沙華」の字面からは華やかな雰囲気が漂うが、「地獄花」などという呼び方もあるという。そんな意味を重ねての作歌なのかもしれない。不吉な予感が走ったのかもしれない。言葉が持っている色々な側面を読み落とすことなく鑑賞しなければ、作者の心には届かない。

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ひたすらに生き継ぐだけが我が取り柄(え)元手の要らぬ短歌に惹(ひ)かれて  (東松島市大曲・阿部一直)

【評】息をしていることが意味のあることだと言われるほどの高齢者になってしまったと嘆く作者。そんなになってさえも手放せないのが短歌だと。「元手」がかからないからとも言う。選者から言わせるならば、ここまでの歌境を構築できる力は並ではない。若いころからの鍛錬が元手になっての現在があるのだろう。その蓄えを小出しにして作歌を楽しんでいる作者がうらやましい。短歌の世界は、ポッと出のプレーボーイやスターなど存在しない世界ですから。

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一人ゆえたまには手抜きも許されて今夜はかつ丼コンビニ弁当  (石巻市中央・千葉とみ子)

【評】連れ合いと死別してからの一人での生活。一首を読み終わった瞬間、主人と一緒の時には「手を抜く」ことは決してなかった作者像が浮かぶ。だから、現在の手抜きの生き方が許されるんだと納得させられてしまう作品だ。短歌は、表現の陰にある生活を想像しながら読むことも要求する「文芸」です。そこまでの想像力を鍛えることが読者にも求められている表現形式なのです。

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今はただ短歌にすがりて日を送るひとりよがりに海を連ねて  (石巻市駅前北通り・津田調作)

燃えて咲く曼殊沙華なり又の名を地獄花とも誰が言いしや  (石巻市桃生・千葉小夜子)

台風があの炎熱を連れ去りしや木々の揺れにも晩秋の音  (石巻市高木・鶴岡敏子)

空き地とか更地模様のうろこ雲うすく広がる空一枚に  (多賀城市八幡・佐藤久嘉)

地方紙のまずは訃報(ふほう)欄に目を通し知らずに我と歳比べおり  (石巻市向陽町・中沢みつゑ)

髪洗ふシャワーのそばの羊歯(しだ)の葉はやや遅れつつかすかにそよぐ  (石巻市桃生・佐藤国代)

掛け替えのないものみたいなふりをして食卓のうえレモンが三個  (石巻市大門町・三條順子)

売店の名は「花岬」月おぼろな海岸駅に別れを告げぬ  (石巻市相野谷・戸村昭子)

復興の姿見てよと被災地はさんま祭りで一日賑(ひとひにぎ)わう  (石巻市不動町・新沼勝夫)

さびしみてしのぶ話のふしぶしに過去の形となりゆく弟  (石巻市蛇田・千葉冨士枝)

海底に落ち行く花輪 震災の死者へ届けと夢に見ている  (石巻市駅前北通り・庄司邦生)

「ありがとね」今日の幸いを話しつつ一本多く手向(たむ)けるお香  (石巻市須江・須藤壽子)

聞きなれぬ鳥の鳴き声もう一度と木々見渡せど姿は見せぬ  (石巻市丸井戸・松川友子)

照りつける日差しの中を気にもせず盆栽運ぶ娘(こ)はあちこちに  (仙台市泉区・米倉さくよ)

季節ごと花の絵手紙定期便に元気を告げる花に託して  (石巻市丸井戸・高橋栄子)

漸くに道路の形見えてきて海のみ青き震災の町  (石巻市相野谷・武山昭子)

静かなる北の大地を揺るがして地震(ない)過ぎ去りぬ跡を残して  (東松島市矢本・奥田和衛)

【2018年10月7日(日)石巻かほく掲載】

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 作品と同じ面(裏面)に氏名(筆名の場合は本名も)・住所・年齢(学年)・電話番号を記し、〒986-0827石巻市千石町4の42、三陸河北新報社編集部・文芸係(短歌、俳句、川柳を明記)まで。連絡先は0225(96)0321。


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