短歌(9/9掲載)

短歌

【佐藤成晃 選】

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よろこびも悲しみとてもなき老いの一心称名(しょうみょう)南無観世音菩薩 (東松島市大曲・阿部一直)

【評】八十代も後半にさしかかった人の、日常生活の心情としての「よろこびも悲しみとてもなき」にまず驚いた。いな、むしろ憧れをさえ感じたというべきか。青年期、壮年期の血気にはやったあの頃の生き方を否定するわけではない。あの生き方を包含しながら生きている現在に納得している作者像が見えるようだ。一日の安息のために「南無観世音菩薩」のひと言で足りる生活の「充実」が見えてくるようだ。

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添削も篩(ふるい)もかけず語り合う同級生も八十路(やそじ)過ぎれば (石巻市羽黒町・松村千枝子)

【評】八十を過ぎた者同士の遠慮のいらない団欒(だんらん)を詠んだ一首。目の前に誰かいれば、その人を意識せずに話すことはできない。だが作者は、高齢になれば妙な「遠慮」が不要になってしまうと。「添削」せずに「篩」にかけずという二語でもって、話したいことが素直に言葉として表現できる自在な生活を楽しんでいるようだ。『論語』に「七十にして 心の欲する所に従いて矩(のり)を踰(こ)えず」とあったが、この作品はその先の年齢の心模様を詠った佳作だ。

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小さくて色無きやうな草の花群れて生ゆれば色見ゆるなり (石巻市桃生・佐藤国代)

【評】いつものことだが、この作者は事件を材料とした歌は多くは詠まない。小さな発見が歌の中心であり、その発見を表現する言葉の力でもって一首を構成する。その技は並ではないと思いながらいつも感動しながら復唱している。言葉が持っている力が読者にも納得してもらえる作品だと信じる。言葉が作品を作っているのだという作者の声が聞こえるようだ。

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新盆(にいぼん)を迎えて義母を偲(しの)ぶ日に頼れる友の訃報が届く (石巻市桃生・米谷智恵子)

大釜で大汗かいて作りたる母のところてん盆の思い出 (石巻市向陽町・鈴木たゑ子)

亡き母が縁で返事をするような古びた風鈴の寂しげな音 (女川町・阿部重夫)

平成の夏締めくくる蝉二匹競い合っては絞り出す声 (石巻市大門町・三條順子)

初任地の児らの文集ひもとけばまざまざ浮かぶ昭和の暮らし (石巻市駅前北通り・庄司邦生)

秋刀魚食(は)み舌にころがす秋の味昭和の海も遠くなりたり (石巻市駅前北通り・津田調作)

下北の港を叩(たた)く夕霰(あられ)灯りも凍る沖のイカ釣り (石巻市門脇・佐々木一夫)

無事通過精密検査終わったと電話の声は安堵(あんど)の叫び (石巻市丸井戸・高橋栄子)

新生児の面会待てば朝焼けの空に夏鳥 翼かがやく (石巻市開北・星雪)

折り紙の山折り谷折り教えられ「生きがいデー」のひと日暮れ行く (石巻市丸井戸・松川友子)

列なして復興担うダンプカー運転手には女性も混じる (石巻市不動町・新沼勝夫)

「売地」という看板目立つ町内の空地はどこも雑草占拠す (石巻市向陽町・中沢みつゑ)

萬斎(まんさい)の足袋の白さの際立ちぬことば尽くして舞う<棒縛り> (石巻市南中里・中山くに子)

じゃんけんの小さき手のひらグーチョクパーどれも愛(いと)しい五歳のひ孫 (石巻市中央・千葉とみ子)

鐘の声千体仏に鳴りひびく京のたそがれ夕焼け小焼け (石巻市相野谷・戸村昭子)

あの頃は馬洗い場の堀に入り一緒に浴びて沼貝(かい)を取りたり (石巻市桃生・三浦三峰)

映像で見る新宿の交差点川開きだって負けてはいない (石巻市清水町・岡本信子)

【2018年9月9日(日)石巻かほく掲載】

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 作品と同じ面(裏面)に氏名(筆名の場合は本名も)・住所・年齢(学年)・電話番号を記し、〒986-0827石巻市千石町4の42、三陸河北新報社編集部・文芸係(短歌、俳句、川柳を明記)まで。連絡先は0225(96)0321。


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