街づくりと民意(村上穣司)

水紋

 赤信号で車を止めて東日本大震災の復興を知ることがある。先日まで何事もなく通過していた交差点にまぶしい3色の光がともり、街づくりが進んでいるのだと感じる。

 お盆に実家がある気仙沼に帰省した。車で周辺を走ってみたところ、きれいに整備された道が多かった。半年ほど前とは街の表情が一変、同じ被災地にありながら、復興が進む石巻の自宅周辺とは大きな違いがあった。

 実家近くは、被災した地元の商店が相次いで再開していて喜んだ。ほかにもチェーン店の飲食店が複数オープンしていたほか、同じ通りにコンビニ大手3社が開店し、震災前よりも地区がにぎわうのではと思えるほどだった。

 「戻ってくる度に街が変わって、もう昔の風景を思い出せないかも」と帰省中の親戚が言ったように、同じ県内にいながらもそう思ってしまう。

 あらためて考えさせられたこともあった。気仙沼市魚町にあり、県が施工ミスで22センチ高く建設した防潮堤のことだ。5年前に気仙沼に赴任していたこともあり、個人的にも注目している。

 報道によると、防潮堤の高さは住民と県が熟議を重ねた上で決定した。住民はミス発覚後、当初の約束を守るよう求めているが、県は造り直した場合の多額の費用などを問題にして、要望には応じていないという。

 高さを決める住民と県の協議は何だったのか。新しい街づくりも大切だが、民意を置き去りにした復興に意味はないとも感じた。 

(村上穣司)

【2018年8月30日(木)石巻かほく掲載】