佐藤山(相沢美紀子)

水紋

 奥松島の海と島々、津波に襲われた松林、高台の集団移転団地-。東松島市野蒜の「佐藤山」は、東日本大震災の傷跡と復興の様子を一望できる場所だ。

 佐藤山は、自然を生かした「津波避難タワー」の先駆けだ。震災の12年も前から、近所に住む佐藤善文さん(84)が1人で岩山を開拓した。当時「野蒜に大きな津波は来ない」と半ばあきれられながら、私財を投じて避難所を手作りし、結果的に70人余りが津波の難を逃れた。

 まるで昔話のようだと思ったら、すでに昔話風の絵本になり、2カ国語に翻訳されていた。海外からの視察は20カ国にも及ぶ。

 佐藤さんは今も毎日のように岩山に登り、手入れをする。資材や燃料は20年近く年金で賄い続けてきた。桜やモミジの苗木を植え、下草を刈るうち、自生するヤマユリは400株ほどに増え、華やかな香りが漂う。

 近頃は草刈りを手伝ってくれる人も出てきた。各被災地で保存が検討されている震災遺構は、目に入るのがつらいという住民感情への配慮や維持管理など、難しい議論がつきものだ。地元の人自身が心穏やかに、伝承の場を育てていけるとしたら理想的だ。

 70人超の命を守った実話が本当の昔話になる頃、佐藤山はどんな姿になっているだろうか。「命を守り、自然と親しむ憩いの場として、100年後も残ってほしい」と佐藤さん。物語は始まったばかりかもしれない。

(相沢美紀子)

【2018年8月7日(火)石巻かほく掲載】


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