短歌(6/2掲載)

短歌

【佐藤成晃 選】

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定年もリストラもなき老いわれを生きよ生きよと迫りくる短歌(うた)  (東松島市大曲・阿部一直)

【評】力まないで(目立つ言葉を使わないで)思いの丈を述べるのがいい歌だと昔から言われてきた。この作品は流れるように読めて、なるほどと合点がいく。擬人法と体言止めという表現手段を駆使している作品だが、それらが鼻につかない。短歌を詠むことで老後の充実した時間を楽しんでいることを、「生きよ」と短歌がけしかけているかのように詠んでいる。短歌を詠める老後の豊かさを控えめに、しかもきちんと詠んだ佳作。

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終活の一つにせんと写真館(しゃしんや)へ妻と行きたり背広を纏(まと)い  (石巻市駅前北通り・庄司邦生)

【評】自分の遺影を作っておくという作品はよく目にする。いざというとき、遺族に慌てさせまいという計らいからだろう。この作の場合、老いた夫婦が話し合ってのことだろうが、本人にはためらいが無いわけでもないようだ。写真撮影の時だけ、一時的に背広を着ることを「纏う」と表現するあたりに、作者のそんな気持ちが滲(にじ)み出てくるように読めてしまう。鑑賞者の微苦笑をも誘う作品である。

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磯浜はいまだも寒き砂のうへ直(ぢか)に広げし搗布(かぢめ)が匂ふ  (女川町・阿部重夫)

【評】3.11で破壊された牡鹿半島のどこかの磯浜だろうか。復興半ばの、しかもまだ春が浅くて寒い砂の上に直接、搗布が干されているのだ。寒々とした磯ではあるが、生きる意志のようなものが感じられる一首でもある。「搗布」という海藻の名前を出すことで生活の実感が出たと思う。浜に生活する人は、海藻の匂いからも生きる力をもらっているのかも知れない。
(「搗布」は土地によっては「あらめ」とも呼ばれるらしい)

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植栽のはまなす通りの浜茄子(はまなす)が最高裁への津波見ている  (石巻市恵み野・木村譲)

今日は晴れの天気予報に操られ山路たどれば花時の雨  (石巻市門脇・佐々木一夫)

前山の藤の花房百あまりみどりの森にむらさき揺れる  (石巻市南中里・中山くに子)

早苗田は畳目のように揃(そろ)いたり山影うつしさざ波たてて  (石巻市相野谷・武山昭子)

厚岸(あつけし)の冷たき海に逝きし父七十五年の月日流れぬ  (東松島市矢本・雫石昭一)

生みの母育ての姑(はは)に感謝して工夫しながら生きる毎日  (石巻市桃生町・高橋ふぢ)

見回せば一人二人の施設へと移りゆく人入院する人  (石巻市中央・千葉とみ子)

災害を湛(たた)え速かりし北上の旅を終わりて海へとそそぐ  (石巻市丸井戸・佐々木あい子)

霞みつつ遥かに見える上品山(じょうぼん)に若草求めて牛放たれぬ  (東松島市矢本・奥田和衛)

かけがえの無い明るさと気がついて朝食卓に飾るタンポポ  (石巻市大門町・三條順子)

孫達の帰りし部屋の片隅に寂しく見ゆるトランポリンひとつ  (石巻市桃生町・千葉小夜子)

誕生日のメール届くも文字がない笑顔イラストおすまししたり  (石巻市桃生町・三浦多喜夫)

はるかなる記憶の中に子ら集い遊びし姿いまは見られず  (石巻市蛇田・千葉冨士枝)

四人姉妹長命ですねと言わるれど若くて逝きし兄たち思う  (石巻市丸井戸・松川友子)

サッカーに興じる子らの喚声に何故か心が癒されており  (石巻市蛇田・菅野勇)

夕空に一直線の飛行機雲無事を祈りて立ちつくす老い  (仙台市泉区・米倉さくよ)

津波後の思わぬ波及の分譲地買われて雲雀(ひばり)がどこかに消えた  (多賀城市八幡・佐藤久嘉)

【2018年6月2日(土)石巻かほく掲載】

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