ご近所(白幡和弘)

水紋

 遠くの親戚より近くの他人。いざという時に頼りになるのが隣近所だ。ただしこれは良好な関係があればこそ。悪化すると目も当てられない。

 例えば住宅地に共有通路があったとする。公道に接続する重要な私道だ。道に接する家々は、それぞれ持ち分がある住人がいて自由に車を乗り入れし、歩行する。出会えばあいさつを交わす。爽やかなテレビドラマのように理想的な関係だ。

 だが、ほほ笑ましい光景が持続する保証はない。ある1軒が、周囲の合意も得ずにこの道に車を止めた。「ちょっとだけだ」が長時間になり、やがてこの家の駐車場代わりになった。

 広くもない道幅であれば、他車の走行に支障が生じるのは当然だ。何とか通れそうだが接触しないとも限らない。「すいません。車を敷地内の駐車場に移動してくれませんか」。この住人に声を掛ける。返事はこうだ。「今、忙しい。後でどけるから待ってろ」。常識的で、気配りができる人なら駐車など最初からしない。だからこそやっかいなのである。

 こうなれば近所付き合いは完全に崩壊だ。話し合いは難しい。ましてや面倒なことに対して間に入り解決策を探ろうなどという奇特な人はほとんどいない。

 近所トラブルはさまざまだ。賃貸住宅なら引っ越す手はあるが、持ち家だとそうはいかない。そこに暮らす上で一定のルールがある。つけ上がる相手に対し、泣き寝入りする必要はない。私はそう思う。 

(白幡和弘)

【2018年2月22日(木)石巻かほく掲載】


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