短歌(12/2掲載)

短歌

【佐藤成晃 選】

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生業(なりわい)の板子一枚半世紀幾多の恐怖を乗り越え来しか (石巻市わかば・千葉広弥)

【評】「板子一枚の下は地獄」という船乗りのことわざがある。船乗りという仕事は非常に危険だという意味だ。80歳を過ぎて昔の命懸けの生業を振り返っているのだ。50年の間「幾多の恐怖」の連続だったが、いまこうして思い返せるということは、それなりの意味のあった生業だったからだろう。最後の「か」はその思いをこめての感動詞か。ここでは「幾多の恐怖」とまとめてしまったが、具体的に「あの恐怖」「この恐怖」を思い起こして次々と歌を詠んでほしい。

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互市(たがいち)の売場の男腹巻に財布をぐいと入れて客呼ぶ (石巻市蛇田・千葉冨士枝)

【評】大崎市鹿島台の恒例の互市のことだろうか。「わらじ村長」として名高い鎌田翁のことなどを連想する。250を超える露店が立ち並ぶ東北最大級の互市として知られるようになった。春秋2回の季節を先取るような風物詩としてメディアでも取り上げられることが多い。大声に客を呼び寄せている「男」が目に見えるようだ。「腹巻に財布をぐいと」のリアルな描写が説得力をもって迫ってくる佳作だ。

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晩秋の内海眺め一年(ひととせ)の思い手繰(たぐ)れば雪虫が舞う (女川町・木村くに子)

【評】また3.11がやって来る。湾を眺めながらこの1年間のあれこれを思い立ち尽くす作者。ふと気がつくと雪虫が舞っている。また冬がくるのだという感慨に浸っている作者には、波の音も潮の匂いも、そして時間の過ぎ方までもが震災前とは異なってしまったと感じられたに違いない。そのちょっとした違いを感じたときの雪虫との一体化が魅力的である。そんな海辺の空気を味わいながら1年間を振り返っている作者像が目に浮かぶ。

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子に孫に聞かす夕べのたのしさよ妻の人生吾の人生 (東松島市・阿部一直)

かがむ背のサックス奏者の面渋く深き音色に鼓動を伝う (石巻市開北・星雪)

あと何年生きられるかと思いつつ畳カーテン替えてくつろぐ (石巻市向陽町・鈴木たゑ子)

お茶っこ会に集えば話も歌っこも三時間ほどは昭和の世界 (石巻市中央・千葉とみ子)

沈みゆく夕陽にカメラ向けたまま青年いつしか夕陽に同化す (石巻市丸井戸・高橋栄子)

「見れる」とうら抜きことばにどうしても馴染めぬわれを意固地と言うか (石巻市駅前北通り・庄司邦生)

カタログのモデルの女性(ひと)が亡娘(こ)に見えて箪笥(たんす)に貼りて慰みとする (女川町・木村いよ子)

日焼けせし我が手を握る白い手は力まだあるごつい男手 (石巻市羽黒町・松村千枝子)

サフランの赤いめしべを摘むごとに花のいのちのはかなさを知る (仙台市青葉区・岩淵節子)

秋日背に岸壁に立つ元漁師何を語るや肩もしぼみて (石巻市駅前北通り・津田調作)

演説を聴くこともなし選挙カーは候補者の名を連呼して過ぐ (石巻市丸井戸・松川友子)

出し抜けに屋根に轟(とどろ)く雷に妻より先に我はおののく (女川町・阿部重夫)

清流に北上の山並(やま)うつる郷里(さと)あかず眺めき朝な夕なに (石巻市和渕・丁子タミ子)

一時(いっとき)の晴れ間に咲きし竜胆(りんどう)の紫も濃く秋深まりぬ (石巻市桃生町・千葉小夜子)

耳遠くコオロギ鳴くも聞こえねば少しさびしく厨(くりや)に立ちぬ (石巻市相野谷・武山昭子)

かたまりて雨雲窓に迫り来ぬ孫はつぶやく「お外寒そう」 (石巻市大門町・三條順子)

母校より開校百十年の記念とて造花のバラが送られて来ぬ (石巻市相野谷・戸村昭子)

【2017年12月2日(土)石巻かほく掲載】

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