短歌(11/04掲載)

短歌

【佐藤成晃 選】

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定型の窓いっぱいの青空に己が菩薩の微笑みうつす  (東松島市・阿部一直)

【評】下の句「己が菩薩の微笑み」は秀逸。部屋の窓ガラスから秋晴れの空を見あげたとき、ガラスに映っている自分の顔に気づいた。それは、微笑んでいるいつもの顔だが、今日は菩薩の顔に見えたのだ。苦労の多かった人生経験がこの菩薩顔に結実したのかもしれない。いつもの四角い窓枠の空が、「菩薩」を喜んでいるかのようで気持ちのいい作品だ。「俺はたくさんの善行を積んだぞ」と叫ばないことでかえって味わい深い作品となった。

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薔薇といふ漢字のかたちそのままに咲(ひら)き初めたり一輪の薔薇  (石巻市桃生町・佐藤国代)

【評】物の形をなぞるようにしてできた漢字を「象形文字」という。この作の「薔」も「薇」も象形文字ではないのだが、いかにもこの字画の多さから豊かな花弁が連想されてしまう。漢字の形のままに詠まざるを得なかった気持ちが伝わってくる一首だ。ここには作者の実生活や行動は詠まれていないが、見事な歌に実った。身の周りに存在する平凡な素材に反応できるナイーブな感覚がうらやましい。

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夕刻のディから戻る妻の手に「つくりました」と飛べない折り鶴  (石巻市恵み野・木村譲)

【評】夕刻、妻がデイサービスから帰ってきた。今日一日施設で暮らしながらつくった折り鶴を手に持って。その鶴を「飛べない」と詠む作者の心情を読み取らないと鑑賞は成り立たない。もしかしたら妻の現在の体調では、全快への希望が持てないという心の陰りがあるのかもしれない。そうだとすれば「つくりました」の平仮名をカッコでくくった表現にも配慮して読まなければならない。作品内の語句を関連させながら読むことで、作者の心情に近づくことのできる読者でありたい。

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咳出ても掛けくる声のなき夜は一人がさがさ薬をさがす (石巻市羽黒町・松村千枝子)

稲刈りを終えたる深谷六村に荒野のごとき野面(のづら)風吹く (石巻市鹿又・高山照雄)

マンションに一つ二つと窓明かりパズル解くごと夕べとなりぬ (石巻市中央・千葉とみ子)

十代の夏の終りは麦藁帽(むぎわらぼう)見え隠れするひまわりの中 (石巻市大門町・三條順子)

天高く流れる雲は動物にちぎれて人の顔にも似たり (女川町・木村くに子)

機内にてはじめて見たる雲海の神棲(す)むごとき金色の波 (石巻市和渕・丁子タミ子)

水溜まりに散りし一枚の病葉(わくらば)は浮かびても来ず沈みもせずに (石巻市門脇・佐々木一夫)

認知症になりたくないと思いつつ話せど単語なかなか出てこず (石巻市相野谷・武山昭子)

香(かぐわ)しき妻の化粧と思うまで庭に漂う金木犀(きんもくせい)は (東松島市・奥田和衛)

ふるさとの土付けしまま移植されサフランの花はこの地に咲けり (仙台市青葉区・岩淵節子)

電線に胡桃(くるみ)くわえて居るカラス車の往(ゆ)くを待ちわびおるは (石巻市桃生町・三浦多喜夫)

里いもの葉に宿りたる露ひと粒朝日を受けてダイヤのごとし (石巻市桃生町・千葉小夜子)

ほたる追いし小川はすでに無くなりぬ暗渠(あんきょ)となりて家建ち並ぶ (石巻市丸井戸・松川友子)

いたずらをかばい謝るたらちねの母を覗きし幼かりし日 (石巻市駅前北通り・庄司邦生)

兄(あに)さんと慕いし船友(ひと)の逝きしかば黙して夫は茶をすするのみ (石巻市向陽町・鈴木たゑ子)

参道を衣なびかせ膳運ぶ若き僧侶に手を合わせたり (石巻市渡波町・小林照子)

しめやかに三糸(さんし)をすべる左手の奏でる音にひきこまれゆく (石巻市南中里・中山くに子)

【2017年11月4日(土)石巻かほく掲載】

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 作品と同じ面(裏面)に氏名(筆名の場合は本名も)・住所・年齢(学年)・電話番号を記し、〒986-0827石巻市千石町4の42、三陸河北新報社編集部・文芸係(短歌、俳句、川柳を明記)まで。連絡先は0225(96)0321。


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