原点(白幡和弘)

水紋

 さまざまな人と取材で会うが、テーマから離れた話題に移ることが少なくない。震災から6年半以上が経過しても、傷が癒えない大震災だ。耳を傾けると、言葉の端々にやるせなさがにじむ。

 「自然災害だから誰かを恨む訳にもいかない」
 「運命で片付ければいいのか」
 「人は自立、自立と言うが、老い先短い身で何にどう取り組めというのか」
 「置き去りにされてるようで孤独感に襲われる」
 「夜、眠れない」

 せきを切ったように心の叫びがあふれ出る。

 感情を率直に表現できない人もいる。ひたすら耐え、我慢しながらの暮らし。ストレスが容赦なく注ぎ込む。被災者の心のダムの貯水量は限界域に達し、決壊寸前だ。

 国の財政、人的支援があり、被災地の状況は確かに変化した。震災前とは見違えるほどに進展した地域も現れ始める。

 一方で震災遺構とは別に、あの日から時間が止まったままの光景が残る場所もある。同じ被災地で復興格差の現状が浮き彫りになっている。「何も高望みをしているんじゃない。平凡な日常を取り戻したいだけだ」。被災者の切実な声だ。

 長い時が過ぎても、ささやかな願いすらかなわない日本の現実。中央や各地で必死の形相で格差是正、安定社会の実現を叫ぶ人たちがいる。日本発展の原点に捉えたはずの震災復興は、過去のものではなく現在進行形だ。被災地に目を向けずに外づらだけを繕う主張ならば、薄っぺらで雑音にしか聞こえない。

(白幡和弘)

【2017年10月19日(木)石巻かほく掲載】


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