(108)埴生の宿

 先日、偶然に「ビルマの竪琴」(日活映画、1956年、市川崑監督)を見る機会がありました。

 小学時代、「映画教室」というのが催され、暗幕を引いた講堂で皆で鑑賞したのを覚えています。後半の名場面は、戦が終わったのだというシーン。敵に囲まれたと身構える日本の兵隊たちに聞こえてきたのは、イギリス兵が歌う「埴生の宿」のメロディー…。そして水島上等兵の奏でる竪琴で日本兵たちも歌い始める…。

 この歌は「はにゅうの宿」として私の中に定着していて、「埴生」という言葉の意味は知りませんでした。

 それを知ったのは、原曲がイングランド民謡“ Home, Sweet Home ”であり、冒頭に続く次の歌詞を読んでからでした。

 “ Be it ever so humble, there’s no place like home.”
 和訳すると「たとえどんなに貧しくても我が家にまさるところはない」

 日本語の歌詞、「埴生の宿も わが宿 玉の装い 羨まじ」は、「たとえ埴生の宿であっても我が家ほど住み良いところはない」と解釈できます。

 それでは「埴生の宿」とはどのような言葉かと調べてみると「粘土性の土で塗り固めた粗末な家」といった意味。つまり、そんな家であっても我が家は最高、玉のようにキラキラした宮殿を羨(うらや)む必要はない…。

 ただ、次に続く原曲の歌詞の一部は、“ … Which, seek thro’ the world, is ne’er met with elsewhere.”
 「世界中探しても(我が家のような所は)他に絶対に見つからない」とあり、おなじみの日本語の歌詞とはだいぶ違います。

 私は、ある結婚式の挨拶(あいさつ)でこの歌詞を引用し、素晴らしい家庭を築いてくださいと話しましたが、最後に(あわてて)「わざわざ埴生の家に新居を構えることはありませんが」と付け加えました。

大津幸一さん(石巻専修大人間学部教授)

【2017年10月9日(月)石巻かほく掲載】


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)