「祝祭」が見えた(久野義文)

水紋

 あの時の体験を、どう表現したらいいのだろうか。幸福感に満ちた世界が突然、ゆらゆらと立ち現れる。そんな世界が現れるのは、いつも石巻の街中で、イベントを取材している時だ。

 ウルフルケイスケさんのライブの時、Rが企画した音楽・アート・芝居による交流イベントの時が、そうだった。

 演じる者と見る者、聞く者とが世代を超え一体となっていく。ほとばしる熱いエネルギーが渦巻き、爆発し、歓喜となって広がる。周りにいる人たちみんなの顔が輝き、互いを思いやる慈しみにあふれる。一つの理想郷のように映った。

 自分の意識の中でのことだ。静寂が訪れ、全てがスローモーションのように一つ一つが、はっきり見えた。

 次の瞬間には消えているかもしれない。が、決して幻想ではない、と信じている。

 東日本大震災からの復興が街中で形として現れてきているが、目に見えない形で街中に正のエネルギーを生んでいる、それが先のイベントだ。

 自分たちのできることで被災地のために何かをしたい、そんなアーティストたちに感謝し応援したい。アーティストと市民の両者の思いがぶつかり合い、融合する。この瞬間だ、祝祭的な世界が現れるのは。

 街中のあちこちに祝祭的な世界が出現するようになったなら、と思う。その時、生まれた慈愛の感情が積もっていって、石巻を至福に満ちた活気ある街に変えていくかもしれない。

(久野義文)

【2017年9月12日(火)石巻かほく掲載】


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