短歌(8/26掲載)

短歌

【佐藤成晃 選】

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老後とはこんな筈(はず)ではなかったと杳(とお)き彼の日の夢をせめおり  (東松島市・阿部一直)

【評】少年時代や青年時代の「夢」とどのような折り合いをつけながら生活していくか、そこに「生き方」の基本があるのかもしれない。誰かに焚(た)きつけられた夢を単純に信じ切ったばかりに、逆に辛酸をなめる羽目(はめ)になった部分もあったのだろう。でも、後悔に似た気持ちがこうした作品として結晶したのだから、作者の生き方はそれなりの実質があったのではなかろうか、そんな思いで鑑賞した。そんな鑑賞に耐えうる良い作品だと思う。

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単身がもどる土日のひら屋根に主人の声は大きな柱  (石巻市開北・星雪)

【評】「単身がもどる」とは言い得て妙だ。単身赴任で普段は不在の主人が、土日には帰ってくるという生活が見えてくる。平屋で戸建てのわが家に響く主人の声が何とも頼もしい。作者はそれを「柱」と呼んでいる。月曜日から金曜日までの心細さと違って、大安心だと叫びたい気持ちなのだろう。主人に寄せる信頼感をこんな作品に結実させた力量に感心した。「主人は最高」などという書き方をすれば次元の低い作品になってしまうところだった。

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カットグラスのきらめく水を吸い上げる青きあじさい厨(くりや)に一輪  (石巻市八幡町・松川とも子)

【評】読後感として清涼感とか清潔感といった言葉が出てくる一首。あじさいの青色を立ち上げる素材としてのカットグラスの水。しかもキラメイている水。このキラメキがすべて美しい青に変換されてしまっているように表現できた言葉の感覚に驚く。しかも生活の最も地味で大切な場所にさりげなく自己主張でもするかのような青きあじさい。まるで作者の姿まで想像させる作品で、名詞止めが生きた一首である。上の句のK音、下の句のA音など、発音上のひびきも捨てがたい。

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玉音(ぎょくおん)を聴きしあの日は夏休み小五の我は震えるばかり  (東松島市・奥田和衛)

地球には見切りつけしか太陽は梅雨明け二十日顔も出さない  (石巻市めぐみ野・木村譲)

漕(こ)ぐたびに腕(かいな)盛り上がり躍動する孫兵衛船は秒差を競う  (石巻市南中里・中山くに子)

役場へと羽織袴(はおりはかま)で門を出る父の姿が目に浮かぶ盆  (仙台市泉区・米倉さくよ)

新聞を開けばまず読む訃報欄まさかの知人盆に旅立つ  (石巻市丸井戸・高橋栄子)

孫よりの盆には行くという電話老いし二人の夕餉(ゆうげ)がなごむ  (石巻市桃生町・千葉小夜子)

八重咲のドクダミ数本飾りたり古き玄関の消臭剤に  (石巻市向陽町・鈴木たゑ子)

封筒に「ラベンダーポプリ入ってます」友の手紙はほのかな匂い  (石巻市大街道・後藤美津子)

とろみ食旨(うま)いと食べる夫の膳にさんま一本焼いて載せたし  (石巻市羽黒町・松村千枝子)

巡る四季葉月(はづき)うら盆香炊けば逝きたる友と乗りたる船と  (石巻市駅前北通り・津田調作)

本堂に響く読経に蝉の声も混じりて聞こゆ夫の一周忌  (石巻市中央・千葉とみ子)

大地震(おおない)の波にのまれし空き地には昼顔が咲く土見えぬまで  (石巻市桃生町・佐藤国代)

十時過ぎ延長戦の終らねばグラス片手にテレビに見入る  (石巻市駅前北通り・庄司邦生)

北上川(きたかみ)と江合川(えあい)の出会う通い路は清と濁とがまじりて流る  (石巻市和渕・丁子タミ子)

孫食べてその種植えしびわの木の十四経て実を灯したり  (石巻市丸井戸・松川友子)

研修の講義の最中の目に入りぬ子育て半ばのつばめ飛び交う  (石巻市清水町・岡本信子)

震災に姉との思い流されぬ葉山の石は今はいずこに  (東松島市・雫石昭一)

【2017年8月26日(土)石巻かほく掲載】

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