アシタバ(桜井泉)

水紋

 「これまで以上に安全、安心なアシタバを多くの消費者に届けていきたい」。こう語るのは東松島市小野町、農業八木登喜雄さん(70)。

 東日本大震災の津波で被災した同市浜市地区の宅地跡を活用し、アシタバの栽培を開始してから約5年。現在は、首都圏の二つの市場に出荷する一方、健康補助食品の原料にも使用されるなど注目度が高まっている。

 八木さんは県などの関係機関の勧めもあって、市が買い取った宅地跡を無償で借り、2012年7月にアシタバの作付けをスタートさせた。地元雇用の創出を図るため、会社も設立。社長を務める八木さんをはじめ、中高年女性4人の計5人で作業に励んでいる。

 既に首都圏では八木さん自ら名付けた源(げん)生林あしたば「幸せに菜(な)」のブランド名が定着。市場を通して料亭やレストランなどで天ぷらやおひたし、サラダなどに利用され、評判を呼んでいる。

 土壌改良材などの製造販売を手掛ける仙台市の会社も健康補助食品を販売。原料を提供するまでになった。愛用者の中には「血糖値が下がった」「長年悩まされていた便秘が解消した」「70代なのに血管年齢が30代になった」という喜びの声が届く。

 八木さんは「自然農業研究会みやぎ」の会長を務めるなど昔から食の安全・安心に細心の注意を払う。震災からの農業復興と振興を目指し、自ら汗を流して奮闘する姿は頼もしくもあり、意義深い。

【2017年8月15日(火)石巻かほく掲載】


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