短歌(6/17掲載)

短歌

【佐藤成晃 選】

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絵手紙に矢車草の描かれて余白に夏の風の気配(けはい)す  (石巻市桃生・佐藤国代)

【評】一枚の絵手紙から生まれた佳作。この歌には事件は無い。絵手紙が一枚あるのみ。そこには矢車草が書かれているのだが、作者が歌ったのは矢車草ではないのだ。矢車草が書かれている葉書の「余白」が歌のテーマとなっているのだ。余白の部分を夏の風が通ったような感じがするという。作者の物の見方、感じ方が並はずれていることが思いやられる一首だ。歌が生活の実質のない所にも存在することを教えてくれた一首である。

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手を振りて近づき来るは誰ならむ花粉撃退の大きなマスク  (石巻市丸井戸・松川友子)

【評】マスク人口が増えたと感じるのは私だけだろうか。震災後の埃っぽい日常生活のなかに、マスクは生存権を得たかのように増えた。顔がほとんど見えないままに(相手を誰と確かめられないままに)生活を紡がざるをえない日常は不便だ。ある時、花粉症対策のマスクで顔を覆いながら自分に手を振って近づいてくる人がいた。自分がマスクしているから相手には分かりにくい存在になっていることには気が付いていないらしい。マスクには〈仮面〉という意味もあるのだが。

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涙腺の奥の昭和がじわじわと朝のドラマに復興記事に  (石巻市恵み野・木村譲)

【評】NHK朝ドラ「ひよっこ」は昭和のど真ん中の日常が現場。遠くて懐かしい自分の青春時代と重なるのだ。それを見ていると涙腺が刺激されて涙が出てきそうになる。新聞に載る震災復興記事も同じで、震災前の写真なども見る度ごとに涙をもようしてしまうものだ。上の句「涙腺の奥の昭和」とはよく思いついたものだと思う。凝(こ)った表現は作者の手柄というべきだが、その分読者にはやや分かりにくいと思われるかもしれない。

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境界の目じるしもなく拡がりし津波の跡地のタンポポの花  (東松島市・阿部一直)

靴音がするりと追い越すギャルひとり汗ばむほどに歩幅広げて  (石巻市八幡町・松川とも子)

自分史を書くほどもなき我なれど孫子に残さん震災記録  (石巻市大街道・宍戸珠美子)

小女子(こうなご)の沸き立つ渦に網入れてカモメの声と息を合わせし  (石巻市門脇・佐々木一夫)

八十路(やそじ)なる我は未だに飛行機にも新幹線にも縁無きままに  (石巻市中央・千葉とみ子)

もしかして…と声かけられて振り向けば二十年前に出会いし保護者  (石巻市丸井戸・高橋栄子)

妻も吾も島に育ちし者同志似たり貝にて幼なを語る  (石巻市駅前北通り・津田調作)

母の日は縫い針を髪にこすりつつ繕(つくろ)いものをしていた母よ  (石巻市向陽町・鈴木たゑ子)

綻(ほころ)びを繕(つくろ)う妻に感謝する特に心のほろびなどは  (東松島市・奥田和衛)

ぼんやりと物の見ゆるは老いゆえと眼科医いわくカルテ横目に  (石巻市駅前北通り・庄司邦生)

川沿いに白き野ばらの花咲きて風の運びし香りただよう  (石巻市和渕・丁子タミ子)

新しき上着を見れば目に浮かぶ寸法問ひし手荒れの母よ  (石巻市須江・須藤壽子)

ふじの花山の大樹に絡まりて新緑包む紫のふさ  (女川町・木村いよ子)

今年また迷わず止まる黑揚羽亡母(はは)の好みしシャクナゲの花  (石巻市渡波・小林照子)

復興とオリンピックの笛吹けどこの地の人は誰も踊らず  (石巻市中里・高橋日出晴)

その指にちょんと触れば幼子は蝸牛(まいまい)のようさっと引っこめる  (石巻市駅前北通り・工藤幸子)

切り株に座して老鶯聞きにけり一人静は砂金の沢辺に  (石巻市相野谷・戸村昭子)

【2017年6月17日(土)石巻かほく掲載】

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