節目?(河北新報社石巻総局・関根梢)

水紋

 3月11日を、初めて被災地で過ごした。何人もの涙を目にした。

 東松島市の清泰寺で営まれた報恩講には「花は咲く」を泣きながら歌っている人の姿があった。

 午後2時46分の女川町中心部には、行方不明の祖父を思い「おじいちゃん」と海に呼び掛ける女性がいた。彼女の兄は「1人になると気持ちが“あの時”に戻ってしまう。6年間、何をやってきたんだろう」と頬を伝う涙を拭う。

 私は彼らの涙にどう向き合ったらよいのか分からず、ただその言葉に耳を傾けていた。

 毎年3月11日に行っていた首相の記者会見は今年、「一定の節目を越えた」として中止された。

 大切な人と突然別れることになってしまった人たちを、平穏な生活が一変してしまった人たちを、「節目」なんて言葉で突き放さないでほしい。ほんの数時間の視察で全てを分かった気になっているなら、それはとんだ思い上がりだ。政府の見解と目の前の光景にギャップを感じる。

 こんなことを書いている私自身、6年前のあの日は東京で過ごしていた。大好きな人との別れを経験したこともない。

 でも。だからこそ。

 記者の端くれの思い上がりかもしれないが、私は、今も「あの時」と向き合い続ける人たちの言葉に耳を傾け、紙面を通して「1人じゃない」と伝え続けたい。私の心を突き刺した当事者たちの言葉には、風化なんて吹き飛ばしてしまうほどの力が宿っていたから。

(河北新報社石巻総局・関根梢)

【2017年3月16日(木)石巻かほく掲載】


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