短歌 (3/11掲載)

短歌

【佐藤成晃 選】

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根っこまで丸ごとそこに投入しなんだかんだと初のせり鍋  (東松島市・菅原京子)

【評】表現としてやや未熟な部分もあるが、新鮮な印象が捨てがたい一首。今年の初の芹鍋(せりなべ)に大騒ぎしている様子。芹は根っこまで食べるものだ。いつからか日本人のきれい好きからか、根っこを食べない習慣をつくりつつあったが、根まで食するのがもともとの相(すがた)だという。「投入しなんだかんだ」の動きが家族全員の生き生きとした動きまで想像させて絶妙だ。動きがあって、読者を納得させてくれる作品である。

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駆け込みて向かいの座席でメークする少女はたちまち女性(おんな)となりぬ  (石巻市南中里・中山くに子)

【評】現代風俗にあきれている人生の先輩の嘆きの一首。人目をはばからずに車内で化粧する若い女性を目にしての嘆息。化粧は、途中経過を隠すことに意味があったのではないか。途中経過を見せてしまえば「変化(へんげ)」的効果が薄れて、ただの「変化(へんか)」になってしまうような気もする。それにしても「生き方」の変容には目を見張るものがある。「老いた」などとは言ってられない昨今。

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ひかりつつ流るる水を見ておりぬ迷い知らざるもの眩(まぶ)しかり  (石巻市蛇田・千葉冨士枝)

【評】下の句に至って一つの哲学に行きついたことが分かる一首。光って流れる川を見ていると「眩しい」。それは川水に迷いが無いからだと。孔子が河のほとりでつぶやいた言葉と重なってくるが、自然現象は思索している人間に何かを教えてくれているのかも知れない。そのことに気がついての一首への歩みなのだろう。人間の生き方にも通じる何かがありそうだ。味わい深い一首である。

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被災地の水平線は静かなり逝きし人びと迷はずに来よ  (仙台市泉区・木村照代)

晩酌をたしなむ我の盃(さかずき)に家族絆の熱燗あふる  (石巻市わかば・千葉広弥)

六十年かける眼鏡は身の一部顔を洗いてメガネに気づく  (石巻市駅前北通り・庄司邦生)

お別れにするハイタッチ柔らかき固きもありて小さき手のひら  (石巻市向陽町・後藤信子)

集まれば足の老いなど語り合い口は達者に話は続く  (石巻市中央・千葉とみ子)

ぞくぞくと立ちて黙して申告す街を繕(つくろ)ふ眩(まぶ)しき住民  (石巻市恵み野・木村譲)

冴えざえと湖水に浮かぶ白い月水鳥発(た)てば光泡立つ  (石巻市門脇・佐々木一夫)

流れ出るテロップ名優逝くを告ぐあゝまた一つ時をこぼして  (石巻市開北・星雪)

心深く仕舞い込んでるはずなのに三月の風あの日連れくる  (石巻市丸井戸・高橋栄子)

友の家訪ねて聞きし笹鳴きの囀(さえず)りうれし山あいの里  (石巻市和渕・丁子タミ子)

又ひとり訃報(ふほう)の欄に名前あり老いの仲間が間引かれて逝く  (女川町・木村くに子)

自転車に乗れたあの日の夕焼けは胸の奥処(おくど)にあたたかくあり  (石巻市桃生町・佐藤国代)

恵方巻われには馴染(なじ)めぬ縁起物なれど気になる北北西が  (石巻市丸井戸・松川友子)

峰々の雪解(ゆきげ)眺むる足もとに大地の春がかすか伝わる  (東松島市・雫石昭一)

空晴れてのどかに見える野面(のづら)でも黒鉄(くろがね)透す春風が吹く(石巻市鹿又・高山照雄)

一人居の友との電話日課としたがいに安否気づかう八十路(やそじ) (女川町・木村いよ子)

いつになく君の言葉に刺(とげ)のあり庭の薔薇(ばら)なら美しからんに (石巻市須江・須藤壽子)

【2017年3月11日(土)石巻かほく掲載】

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 短歌、俳句とも必ずはがきを使い、1枚に3首・句まで。いずれも自作の未発表作品に限ります。作品は返却しません。

 作品と同じ面(裏面)に氏名(筆名の場合は本名も)・住所・年齢(学年)・電話番号を記し、〒986-0827石巻市千石町4の42、三陸河北新報社編集部・文芸係まで。連絡先は0225(96)0321。


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