あの日から(浜尾幸朗)

水紋

 東日本大震災から間もなく6年を迎える。いまだ多くの被災者は喪失感を抱え、愛する家族を亡くした遺族は悲しみから抜け出せないでいる。

 被災地では、犠牲者の七回忌の供養が始まっており、鎮魂の祈りがささげられている。

 父方の祖父がかつて住職を務めた東松島市野蒜の長音寺は、震災の津波で甚大な被害を受け、秋山清道住職=当時(50)=が犠牲になった。

 子どもの頃から両親に連れられ、夏休みはいとこと遊んだ思い出のあるお寺だ。震災前の風景が一変し、親戚で同い年の秋山住職が亡くなったことはショックだった。

 温厚で謙虚、徳のある人だった。他の寺院の檀家からも「野蒜の和尚さん」と慕われ、評判が良かった。

 生かされた人は、亡き人とどう向き合うか。姿が見えない死者とどう対話し「愛別離苦」を乗り越えていけばいいのか。

 答えはそう簡単に見つからない。ただ、姿が見えなくても近くにいると考えたい。「聞こえなくても話したい」と思う。

 震災の風化が進みつつある中、犠牲者を思い、忘れないことは大切であり価値がある。震災の記憶の継承につながるからだ。そして忘れなければ、心の中で生き続ける。それこそが、無念の思いで亡くなった人への生者の思いやりではないか。

 3・11を前に、あの日のことを思い出しながら就寝したら不思議な夢を見た。亡き人は近くにいる。これからも心を寄せていきたい。

(浜尾幸朗)

【2017年3月9日(木)石巻かほく掲載】


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