2人の先輩(久野義文)

水紋

 40年近く前、映画サークルのたまり場となっていた喫茶店で、女性の会長からご主人を紹介された。これが長い付き合いの始まりだった。

 年齢は10歳かけ離れていたが、高校の先輩と分かり、それから家に遊びに行くこともあった。先輩風を吹かすことなく、親しみある笑顔と石巻弁で、友達のように接してくれた。よく映画の話をした。何よりジャズをこよなく愛した。

 それが今年3月、その先輩の訃報が届いた。遺影は手にコップを持ち、にっこり笑っていた。

 「元気か、何か面白い映画はないか」と、今にも話し掛けてきそうだった。記者としての私に、常に叱咤(しった)激励を送ってくれた。その場の空気が和む楽しい先輩だった。

 参列者の中に知り合いがいた。その人からもたらされたのがKさんの葬式の話だった。Kさんも高校の先輩だった。

 新人時代、Kさんのところに何度、足を運んだことか。毛利コレクションのこと、高橋英吉のこと、フランク安田のことなど、郷土の歴史に関していろいろ教わった。先人の偉業や港町固有の文化のことなど熱心に説いてくれた。古里に誇りを持てるようになったのはKさんのおかげだ。

 2、3日、顔を出さないと「何で来ない」と電話で叱られたものだ。記者は足で書く-ということも教えられたような気がする。

 記事は、1人で書けない。信頼関係から生まれる。人生や仕事について諭してくれた2人はもういない。

(久野義文)

【2016年5月17日(火)石巻かほく掲載】


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