震災の伝承とは(11/09~15)

 阪神大震災(1995年)から20年。「阪神」被災地報告の連載(11、12日付)に、いろいろな思いが巡った。

 神戸市中央区にある震災の経験と教訓を伝える大型施設「人と防災未来センター」は、音と映像で震災を追体験できる「11.7シアター」と市民らから収集した写真や資料を展示する「震災の記憶フロア」で構成されていて、年間約50万人が訪れる。県立で国の補助を受けているものの、登録する約150人の市民ボランティアが資料解説や語り部を担って、市民協働による「減災社会づくり」に取り組んでいる。

 市立地域人材支援センター(長田区)は、実際に避難所として使われた旧小学校の講堂を活用、震災未体験の子どもたちに震災を疑似体験させるプログラムを提供している。ここでも地域住民がボランティアで協力している。

 長田区野田北部地区は震災時、自発的に災害対策本部を立ち上げ、救出活動や支援物資の集配を行い、その後のまちづくりでは協議会や商店街、婦人会をつなぐネットを築いて取り組んだ。震災後15年目、地区内に「震災資料室」を設立、復興の歩みと現状を住民たちの手で伝えている。

 一方で、数少ない震災遺構の一つ、メリケン波止場の一部(延長60メートル)がある神戸港震災メモリアルパークは人影が少なく、展示物も色あせ、震災記憶の風化をうかがわせる。

 震災の伝承は、ただ施設があればいいのではなく、地域ぐるみで記憶と教訓を地道に伝え、さらには未来の減災・防災をイメージさせるような活動でない限り、風化は免れないということだろう。

 ひるがえって石巻市はどうだろう。

 南浜地区に設置される復興祈念公園は10月7日、基本設計の具体的取りまとめに向けた有識者委員会(委員長・涌井史郎東京都市大教授)が発足した。基本計画では38.8ヘクタールに避難築山と防災公園を整備、松林や湿地を復元する。

 涌井委員長は「南浜がたどった歴史を想起させるように表現できれば…」と話す。現在の南浜は、かつて住宅が密集していたことを知る人にとっても、以前から何もない原っぱに見えてしまう。震災後に市民らが設置、追悼の場になっている「がんばろう石巻」の看板が、被災地であることを印象付けるだけだ。

 そんな南浜に22日から、「南浜つなぐ館」がオープンする(13日付)。公益社団法人みらいサポート石巻が、市有地を借り、1部屋だけのユニットハウスに、震災前の南浜地区の模型のほか、震災の概要を伝える資料、復興祈念公園の関連パネルなどを展示する。石巻専修大生が制作した模型は、訪れた人たちにきっと、震災前の南浜をほうふつさせるに違いない。みらいサポートは震災の夏から、地元スタッフによる語り部の活動支援を皮切りに震災伝承に取り組み、南浜に先立って、街なか(中央2丁目)にも「つなぐ館」を設置、震災の記録と復興への歩みを伝えている。

 神戸市の例を見ても、「伝承」には、行政と市民、NPOとの連携が欠かせない。連携に向けた動きがもっともっと出てほしい。

 東松島市が被災校舎(旧野蒜小と旧浜市小)を民間に貸し出すことを決めたことにも注目したい(12日付)。2校は震災で浸水したが、一時避難所として多くの住民を救ったことで、震災遺構の定義からは外れるものの、住民の多くから保存を望む声が出ていた。市はこの点を考慮、一時避難所としての機能と雇用面での地元貢献を条件として募集している。

 10年契約で校舎の改修、維持管理費などは企業や事業者負担と、応募側にはややハードルが高いが、既に問い合わせがあるという。活用しながら「遺構」を伝えていく先例になればと願う。

(桂 直之)


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