大街道・今昔(木村広志)

水紋

 東日本大震災の津波で住めなくなった家の修理をやっと終えて引っ越したという、石巻市大街道地区の知人宅を訪ねた。久々に歩いた大街道地区は更地が目立っていたが、流失を免れた家々の修繕が進んで戻ってきた人たちもかなり多く、少しずつながら復興していることを実感させられた。

 知人宅の近所を歩いている時、駆け出しのころに取材した大街道のナシ栽培農家のことを、ふと思い出した。ナシ産地が利府町へと移り、縮小していたものの歴史ある大街道のナシ畑を守ろう-と、栽培農家たちが協力し合うという内容の記事だったと思う。

牡鹿原開墾記念碑

石巻市門脇二番谷地にある青葉神社の鳥居横に、1920(大正9)年に建立された「牡鹿原開墾記念碑」

 かつて牡鹿原と呼ばれていた大街道地区は、荒れ地と湿地帯が広がっていたらしい。旧仙台藩の士族救済事業として1878(明治11)年ごろから開拓事業が進められた。開拓場の初代場長になったのは、戊辰戦争で官軍を震え上がらせたと言われる衝撃隊(通称・からす組)を率いた細谷十太夫直英だ。

 農業未経験者が多く困難を極めたらしいが、入植者の努力によってナシ、麦、豆などの栽培に成功。特にナシは大街道梨または釜梨と呼ばれ、石巻の特産品となったそうだ。

 先人たちの苦労と努力によって発展した歴史を持つ大街道地区。復旧復興事業によって、新たな役割を担う地域に生まれ変わることだろう。

(木村広志)

【2014年1月16日(木)石巻かほく掲載】


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